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崇徳上皇と憲法

京都の御所より北西側に白峰神宮という神社があります。今では、球技の神様として非常に有名になり、シーズンになると、修学旅行生で大変にぎわう神社ですが、お祀りされているのは、崇徳天皇(退位されて崇徳上皇)という第75代目の天皇です。

この崇徳上皇は、保元の乱で弟の後白河天皇と戦って敗れ、仁和寺にて出家された上、讃岐(香川県)に流刑になられた天皇です。
流された、讃岐の地で崇徳上皇が恭順の証として、後世の安寧と戦死者の供養のために大乗経の写本と和歌朝廷に献上し、京都の寺院に奉納されることを願われにもかかわらず、後白河法皇はその写本に呪詛(のろい)が込められていることを恐れ、讃岐に送り返されました。その事に激怒され、送り返された写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし、民を皇となさん」と誓状を書きしたためて、海に沈められた上、爪や髪を伸ばし続け、夜叉のような風貌となって、失意の内に讃岐の地で崩御(亡くなられ)ました。

この「皇を取って民とし、民を皇となさん」という、天皇と民との逆転は、江戸期の「禁中並びに公家諸法度」等として現われてきます。明治天皇は崇徳上皇の鎮魂には心を砕かれ、ご自身が即位される前日に、白峰神宮を参拝されています。ところが更に、崇徳上皇の怨念が成就したとも言える、天皇を家来として国民を主人とする憲法が出現しするのです。それが、現在の日本国憲法(占領憲法)です。

現在の日本国憲法(占領憲法)は、象徴天皇制とされていますが、現在の日本のシステムは立憲君主制ではなく、共和制に近いものになります。天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基づく」(第一条)とされ、国民に主権があるとされ、憲法の改正により、天皇を廃位することも出来るのです。

現在、困難な事が多い、祖国再生のためには、崇徳上皇の鎮魂と御祓いを第一歩として、日本国憲法(占領憲法)の無効決議を議会で行い、国民主権という傲慢な政治思想から解放される道しか無いのだと思っています。


出典 :崇上皇と「山吹憲法」 (PCのみ見ることができます)
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