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千座の置き戸 -第15回  天皇の赤子-1/3

毎月1日と15日に國體護持塾 HPに掲載しています
千座の置き戸 原文はこちら 
こちらのブログには読み仮名等をつけた物を掲載いたします。



連載 千座の置き戸(ちくらのおきど)

           第十五回 天皇の赤子

                    南出喜久治(平成26年11月15日記す)

たみくさに こびへつらひて えらばれし おみがうらでは たみをあなどり
 (民草(大衆)に媚び諂ひて選ばれし臣(政治家)が裏心では民(大衆)を侮り)


 前回(第十四回)では、水子(みづこ)や赤子(あかご)について述べましたが、今回は、天皇の赤子(せきし)について述べてみたいと思ひます。

 天皇の赤子とは、天皇(皇統)を親に見立て、臣民を子に見立てることからできた言葉です。そして、天皇の赤子である臣民には、孟子のいう「赤子の心」が求められるのです。

 天皇の赤子が、純真な「赤子の心」によって、やむにやまれぬ心で行動するとき、時と場合によっては天皇に対する「直訴」という行動様式をとることがあります。
 帝国憲法第30条によれば、「日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得(日本臣民は相当の敬礼を守り、別に定む所の規定に従い、請願をなす事を得る)」とありますので、請願という方法で天皇に奏上することは可能ですが、この手続を経ずに「直訴」することは、昔からよくありました。

 昨年10月31日の園遊会で今上陛下(きんじょうへいか)に直接に書簡を手渡すという、山本太郎参議院議員の行為があって物議を醸(かも)しましたが、これは、請願法による手続は経ていないとしても、相当の敬礼を守るという帝国憲法の定めた憲法事項を満たしていますので、請願法に関する規定に違反しているとしても帝国憲法自体には違反していないので違憲な行為ではありません。

 ところが、この行為について、天皇を政治利用したという批判が起こりました。しかし、これは、本当に天皇を政治利用したことだったのでしょうか。

 「天皇の政治利用」という言葉は、占領憲法下で生まれた言葉ですが、そもそも「天皇の政治利用」とは、占領憲法の本質であることを誰も指摘していません。
 占領憲法第1条は、「天皇条項」として喧伝(けんでん)されていますが、「この地位(天皇の地位)は、主権の存する国民の総意に基(もとづ)く。」とありますので、この条項は、「国民主権」条項であり、「天皇条項」ではないのです。主権者である国民が主人であり、天皇はその家来または傀儡(かいらい)であり、天皇の生殺与奪(せいさつよだつ)の権利は国民が掌握(しょうあく)しているのだと高らかに謳(うた)った「国民主権条項」として占領憲法の冒頭の第1条に掲げられているのです。

 昭和21年6月26日、帝国議会の衆議院帝国憲法改正案第一読会で、衆議院議員北浦圭太郎は、「八重、花ハ咲イテ居リマスルケレドモ、山吹ノ花、実ハ一ツモナイ悲シキ憲法デアリマス(八重、花は咲いていますけれども、山吹の花、実は一つもない悲しき憲法であります)」と発言しました。占領憲法は「山吹憲法」であると嘆いたのです。

 八重咲きの山吹(やへやまぶき)は、花は咲いても実が生らないのです。それと同じように、第1条から第8条までの8箇条の天皇条項と呼ばれているものには、元首たる天皇としての「実」がない憲法であるというのです。
 つまり、国民主権下の象徴天皇制(傀儡天皇制)定めた占領憲法は、立憲君主制憲法ではなく、実質的には共和制憲法に過ぎないと嘆いたのです。
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