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千座の置き戸 第十四回 -水子-1/3

毎月 1日と15日に塾HPに掲載しております 千座(ちくら)の置き戸

第十四回 元の文章はこちら
こちらのブログには私たちが慣れたかな遣いに変え、一部に読み仮名をつけたものを掲載いたします。


連載 千座の置き戸(ちくらのおきど)

           第十四回 水子

                    南出喜久治(平成26年11月1日記す)

まがたまは みづこのすがた うつすひな おほみたからの もとゐなりけり
 (八尺瓊勾玉は水子の姿映す雛大御宝の基なりけり)


 水子(みずこ)とは、生まれて間もない赤子(あかご)を意味する言葉でした。母の体内で羊水に浮かんで育った胎児が分娩して生まれてきた水々しい子どもだからです。ですから、分娩前の胎児も分娩後の赤子も、人として認識され、ともに「水子」でした。
 ところが、出産後間もなく亡くなった子どもや、流産した子ども、中絶した子どもも「水子」と呼ばれるようになりました。それは、「流れる水」という自然な連想から、そう呼ばれるようになったのです。

 昔は、貧しさ故に赤子を「間引」することがあり、その罪悪感を薄めるために、7歳前の子どもは他界に戻れるとして、間引することを「子返し」とか「子戻し」などと呼んできた悲しい歴史があります。

 ところで、「青少年のための連載講座 祭祀の道」の「第五回 数へ年と正月」で詳しく述べましたが、分娩前の胎児や分娩後の赤子の姿は、三種の神器の一つである八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)そのものです。

 しろがねも こがねもたまも なにせむに まされるたから こにしかめやも
(白銀母金母玉母奈爾世爾麻佐禮留多可良古爾斯迦米夜母)

と、万葉集で山上憶良が謳(うた)ったように、ここから「子宝」という言葉が生まれ、神宝である三種の神器の勾玉と連なってきます。
 子どもは国の宝であり、これなくして国は存続しないのです。

 ところが、現在の法律を適用すれば、人は生まれたときは零歳とされます。この「零歳」という言葉は、実体のない「うつろ」を意味するものとして、何とも奇妙な響きではありませんか。

 その「零歳」という響きには、いかがわしさすら感じられます。祭祀の道の「第三回 供へ物と手向け物」でも触れましたが、一(ひ)から始まり、十(と)で終わらない生存は「ひと」ではありません。また、胎児はそれ以前であることから、理屈からすればマイナス年齢で表示されることになり、人としては認識されなくなりました。マイナス五ヶ月とかマイナス一ヶ月という胎児が居るということになります。

 そのため、間引されてきた時代以上に、現在では胎児の命は軽んじられ、人工妊娠中絶という堕胎手術に歯止めがなくなった昨今のおぞましい風潮が生まれる素地がここにあるのではないでしょうか。

 敗戦直後に、ベビーブームが起こりました。それは空前の食糧難であったから起こったのです。食糧難によって個体の生命維持が危ぶまれると、死ぬ前に子孫を残そうとする種族保存本能が強く働いたことの結果によるものです。しかし、それによってさらに食糧難が加速し、反米意識の高揚と米国に対する報復戦争への戦闘人員の増強を生む結果になることを恐れたGHQは、産児制限の立法を目論(もくろ)みました。

 アメリカでは宗教的倫理感から堕胎を禁じていますので、そのような立法をGHQが指示して成立させたということが暴露されると、自国においても批判の矢面に立つことになるので、そう言われないために、GHQの意向を受けて、これに迎合した傀儡議員たちが集まって議員立法の形式で「優生保護法」(昭和23年)を成立させました。この法律は、明らかに「胎児虐殺法」なのです。
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