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千座の置き戸 -第十三回 児童相談所の正体-2/3

毎月1日と15日に國體護持塾HPに掲載しています。
千座の置き戸 
こちらのブログには仮名遣いを変更し一部に読み仮名をつけたものを掲載いたします。


連載 千座の置き戸(ちくらのおきど)

           第十三回 児童相談所の正体

                    南出喜久治(平成26年10月15日記す)

おやこまご たちかはりたる よよやから かはらぬものは いへのとこしへ
(親子孫立ち替はりたる代々家族変はらぬものは家督の永遠)


 そもそも、児童福祉法は、GHQ占領下の昭和22年にできた法律です。それは、戦争孤児や浮浪児などを保護する機関として設立されたので、行きはぐれになった親からすれば、児相が子供を一時保護(児童福祉法第33条)してくれて、その身体と生命を守ってくれたことに感謝した時代だつたのです。
 しかし、わが国が戦後の復興を遂げ、高度経済成長を成し遂げた段階では、その役割は終わったはずですが、行政組織の自己保存本能というものは極めて強く、児相の組織についてもその例外ではありませんでした。

 戦後の混乱期であれば、児童の生命身体を守るという緊急性に対応するために、適正な手続なしに、児相の所長の判断だけで児童を一時保護するという緊急事態に対応する制度の運用が許されても、その対象となる戦争孤児や浮浪児が激減し皆無になる時代になれば、裁判所などの公正な第三者機関の事前事後の許可や承認を得て一時保護をする制度に変更することは当然のはずですが、戦後の混乱期の緊急事態に対応する制度のままで現在も存続しているのです。

 一時保護は、児相の所長が必要と認めれば、裁判所の関与なくして2か月の長期に亘つて児童を拘束し、親と隔離ができるのです。しかも、親との面会や通信を全面的に禁止することができます。そして、それを2か月毎に際限なく延長でます。これにも裁判所などの許可などは全く不要です。「一時保護」の「一時」というのは、その用語自体が誤っているのです。

 諸外国には、こんな途方もない横暴な制度はどこにもありません。アメリカでも、そして、トルコでさえも、児相(CGC)が独自の判断で児童を拘束できる数日間程度であり、それを延長する場合は、必ず裁判所などによる許可が必要となります。これが世界標準なのですが、わが国だけ異常な制度がまかり通っているのです。

 「一時保護」は「一時」ではなく「永久」であり、「保護」ではなく「隔離」です。反戦直後では親に「感謝」されたかも知れませんが、現在では親と「敵対」して一時保護がなされます。
 厚生労働省の雇用均等・児童家庭局長が平成17年2月14日に発した「児童相談所運営指針の改正について」(雇児発第0214003号)に添付された「児童相談所運営指針」第5章第1節の「一時保護の目的と性格」の「3.一時保護の強行性」には、「一時保護は原則として子どもや保護者の同意を得て行う必要がある」としながらも、最近での一時保護は、「子どもや保護者の同意」なしになされるのが殆どです。「原則」と「例外」の逆転運用が公然と違法にまかり通っているのです。

 しかも、親元から拉致された児童が児相の施設内で虐待を受けている事例が頻繁に起こっています。新聞やインターネットなどでもそのことは周知されていることです。
 私が受任した事件でも、親が子供を虐待した事実はないのに、子供の体に痣があったということだけで親の虐待があつたと決めつけられて、親の同意もなく一時保護され、しかも、児相の施設内で保育士が児童を殴つて有罪判決が確定したにもかかわらず、それでも子供を拘束し続けたのです(これは事後において、児相がその非を認めて子供を親元に帰しました。)。
 この子供は、痣のできやすい体質でした。つまり、これを診察した医師の所見によると、この子供は出血傾向(体質的に出血しやすいこと&出血すると止血しにくいこと)があり、子供が運動することによって不可避的に起こりうる軽度の怪我(受傷)によっても、出血のみならず内出血を伴って痣ができやすいことが証明されたのです。

 このような児相の独断による子供の拉致は全国的に起こつてゐます。勿論、その中には、親が子供を理不尽に暴行、傷害をなし、殺した事案もありますが、そのようなことは、刑事事件ですから、司法警察作用として警察が対処すべきものであり、行政機関の児相が所掌(しょしょう)するものではありません。

 ところが、警察が児相に虐待通告をする事案が年々増えています。「虐待」とは、明らかに「犯罪行為」です。その犯罪行為を取り締まる警察が、犯罪行為を取り締まる権限のない児相に「虐待(犯罪行為)」を通告するということは異常とは思いませんか?
 警察は、児童が被害者となる犯罪行為を捜査することを放棄して、児相にその処理を委ねたことになります。これは、司法警察作用を否定し破壊する現象なのです。

 どうしてそのようなことになったのでしょうか? その原因は、予算制度にあります。

 警察の予算は、総枠で決まります。任意捜査と強制捜査の件数とは無関係に、全体としての予算が決まります。逮捕件数に比例して予算が増加されるシステムにはなっていないのです。しかも、強制捜査については、令状主義で裁判所による厳格な規制を受けます。しかし、それでも違法捜査や誤認逮捕などの不祥事が根絶できないのです。

 これに対し、児相は、一人の児童を一時保護と称する拉致をすれば、一ヶ月約40万円の「拉致報奨金」が自治体と政府から支給されます。児童を拉致すればするほど沢山の予算が増える構造になっているのです。しかも、拉致することに裁判所の関与は全くありません。このような予算制度では、一時保護という拉致が急増することは必然です。これこそが権力の自己増殖本能の発現なのです。

 このようなことは、「児童の権利に関する条約」第44条や「世界人権宣言」など踏まえ、国連「子供の権利委員会」第54期の日本に関する最終見解において、その危険性が指摘されて改善勧告がなされ、さらには、DCI(Defense for Children International)やHRW(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)などによる同様の指摘がありました。
 ジュネーブに本部を持つ子どもの権利のための国連NGOであるDCIの日本支部が発行している機関紙「子どもの権利モニター」120号には、「刑務所にいる囚人のような扱いで、私語は禁止され、保護初日から薬を強制的に飲まされていた」と、誤認保護された子どもの声が掲載されてゐますし、さらに、児相が子どもに「お母さんに電話しても通じないし、通じてもお母さんは混乱していて話が進まない」と嘘をつき、「『お母さんは何もしてくれない』と思わせ、お母さんを嫌いになるよう情報操作をしていたとしか思えません。」とまで語っているのです。

 にもかかわらず、わが国政府は、これを全く黙殺し、「人権保護」を標榜する日本弁護士連合会や単位弁護士会も全くこれを無視し続けて「羊頭狗肉(ようとうくにく)」の体質を暴露しているのです。


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