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千座の置き戸 第十二回 元号と皇紀と世界暦 -1/5

毎月 1日と15日に 塾HPに掲載しております 
千座の置き戸 第十二回 元号と皇紀と世界暦

こちらのブログには私たちが慣れた仮名遣いに直し、一部ふりがなをつけたものを掲載いたします。

連載 千座の置き戸(ちくらのおきど)

           第十二回 元号と皇紀と世界暦

                    南出喜久治(平成26年10月1日記す)


こよみする ひしりのつとめ はたされて たみやすかれと いのりたまひき
(暦(日読み)する日知り(聖)の務め果たされて民安かれと祈り給ひき)
こよみとは ひしりのすめが さだむもの たみがみだりに かふるべからず
(暦(日読み)とは日知りの皇統が定むもの民が妄りに変ふるべからず)


 去る9月19日に、私は、原告訴訟代理人7名の主任代理人として、いわゆる「元号訴訟」を提起しました(東京地方裁判所民事第38部係属の平成26年(行ウ)第458号、元号使用義務付け等訴訟事件)。

 これは、公立大学である「滋賀県立大学」の今年3月卒業における「卒業証書・学位記」の交付年月日と卒業生の生年月日が、いわゆる「西暦」で表記されたことに、本能的に不信感、嫌悪感、違和感を抱いた親子が、その訂正を求めることを求めた裁判です。

 この裁判のこれからの推移については、いずれ段階的にリアルタイムで詳しく解説することになるとは思いますが、今回は、この訴訟で主張している具体的な主張や予測される争点などの専門的な解説はせずに、この訴訟を提起した背景の根本事情について、詳しく説明したいと思います。

 まず、原告の親子には、宗教的な潔癖感があるために、これを私的な問題に留めるのではなく公的な問題として受け止めて、訴訟提起に踏み切られたことに、私は、敬意と感謝をしている次第です。
 私的な問題に終わらせるのではなく、そこに秘められた大きな公的な問題があるとして勇気を持って行動させたことは、私が取り組んでいる北朝鮮による拉致事件や児童相談所による児童拉致事件などについての問題意識と共通するものがあると思っています。

 ところで、この卒業証書では、年数の冒頭に「西暦」とは書かずに、これを省略して「2014年」とか「1991年」としか表示しないものでした。
 しかし、このときに同時に交付された「高等学校教諭一種免許状」には、発行年月日と生年月日には「平成」と表記した年号が記載されていて、全く一貫性がないのです。

 滋賀県(総務部総務課)では、平成12年10月に、「親しみやすく わかりやすく 読みやすく」(「役所ことば」改善の手引)を発行して、その中で「公文書における年(年度)の表示は、原則として元号を使用することにしていますが、社会的には西暦の使用も一般的になっています。こうしたことから、誰もがよりわかりやすい文書とするために、元号使用の原則は維持しながら、西暦を併記することにしましょう。」とし、「併記を推進したい文書例」として、「長期計画など、将来のことを表すことの多い文書における年の表示」、「一定期間の推移を示す文章、表、グラフにおける年の表示」、「刊行物の表紙や背表紙に記載する年の表示」、「公報、各種広報紙に記載する発行日」、「県民向けの催しのための案内パンフレット」が例示されていました。

 この基準からしても、滋賀県立大学の卒業証書の発行年月日は、少なくとも「平成26年(2014年)3月21日」としなければならなかったはずですが、意図的にこれがなされなかったのです。

 そもそも、「西暦」と言葉は、訳語としては誤りです。これは、不注意による「誤訳」ではなく、明らかに意図的な「虚訳」です。これは、朝日新聞の慰安婦報道や福島第一原発の「吉田調書」に関する報道などが「誤報」ではなく「虚報」であったこととは比べものにはならないほど、格段に著しい「虚訳」であり、「War of aggreion」(攻撃戦争、先制攻撃)を、略奪 の意味を含んだ「侵略戦争」と横田喜三郎が「虚訳」したことに勝るとも劣らない歴史的な「虚訳」なのです。
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