スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

千座の置き戸 第十一回 刑罰と体罰-2/5

毎月 1日と15日に塾HPに掲載しています
千座の置き戸 

こちらのブログにも転載いたします。
原文より仮名遣いを慣れたものに変え、一部読み仮名をつけています。

連載 千座の置き戸(ちくらのおきど)

           第十一回 刑罰と体罰

                    南出喜久治(平成26年9月15日記す)

つみとがを おかせしものを みそぎにて しおきしてこそ みだれととのふ
(罪咎を犯せし者を禊にて仕置きしてこそ秩序乱れ整ふ)

【学校体罰と家庭体罰】

 学校における体罰は、教師の懲戒権であることは認めるものの、これを行使してはならないとしています(学校教育法11但書)。一般には、懲戒権としての体罰は認められるのですが、体罰に限って教師がこれを行使することはできないとするのです。だから「但書」となっているのです。「権利はあるが行使はできない」。どこかで聞いたような議論です。これに対し、家庭での親権者らによる体罰は認められます(民法822条)。
 つまり、学校体罰は否定されますが、家庭体罰は肯定されることいふ二重基準になっているのです。

 しかし、素人(親権者)は許されて専門家(教師)は許されないとする科学的根拠はありません。戦前にも同様の規定がありましたが、「軍事教練」などにおける体罰は黙認され、体罰禁止の実効性はありませんでした。団体統一行動を習熟させる学校での「軍事教練」はわが国の潜在的戦闘能力を高めてきたものと分析したGHQは、わが国の弱体化のために、体罰禁止を実効性のある法律として制定させ、軍事目的は勿論のこと「教練」それ自体を禁止したのです。そして、教育委員会制度、PTA制度による教師の行動を集団で監視する制度が確立させ、教師による体罰は、父兄や生徒らからの垂れ込みを奨励して教育界からは完全に排除しようとすることになりました。まさに、「教育界における武装解除条項」が、学校教育法第11条但書なのです。

 かくして、占領憲法第9条の武装解除条項で拘束されるわが国が近隣諸国から侮られ続けているように、体罰を禁止された教師に対して、生徒がそのことを逆手に取って暴行を振るい、教師を追いかけ回すような事態が起こり、生徒の乱暴狼藉に対して、有形力を行使して制止することを萎縮してしまう教師ばかりとなり、学校の秩序は崩壊し続けたのです。昔は、「鞭を振り振りチイパッパ」の「すずめの学校」でしたが、いまでは、「誰が生徒か先生か」判らない「メダカの学校」になって、学校の秩序が崩壊したのです。

【体罰容認の科学的根拠と体罰禁止の非科学性】

 前回でも述べましたが、コンラート・ローレンツは、種内攻撃が善(本能適合性)であることを、遅くとも彼がノーベル賞を受賞した昭和48年までに科学的に証明しましたが、それでも我が国においては、体罰を否定した学校教育法の体罰禁止がそのまま何らの検討もされずに漫然と現在に至るまで存続されてきました。これは、教育界の利権構造に支配された国会や政府の著しい怠慢であり、立法不作為、行政不作為による違法な状態であることが明らかです。
 非科学的なものに固執することは、普遍性のない宗教その他特殊な思想に基づくものと云わざるをえないのですが、国会や政府は、その特殊で異様な新興宗教のおぞましい教義を守り続けてきたということになります。

 そして、そのことにとどまらず、さらに、平成12年に児童虐待防止法を制定して、「虐待」を禁止しました。「虐待」は違法行為ですから禁止するのは当然というよりは、そもそも刑法などで禁止されているのです。ですから、この法律の目的は別のところにあったのです。その「虐待」の概念から、「躾け」や「体罰」を除外して、これと「虐待」とを区別することをしなかったのです。そのことによって、「学校体罰」のみならず、本来的に許容されていた「家庭体罰」も「虐待」として禁止する方向で運用されることになってしまいました。

 しかし、体罰が本能原理として科学的に肯定されることは、それ以後も根拠が示されてきました。たとえば、2010年1月3日『サンディタイムズ』(英)「A smacked child is a successful child 」(叩かれた子供は成功する子供)には、親に叩かれた子供は一度も叩かれなかった子供より、幸せで成功した人生が送れるようになるということについて、ミシガン州グランドラピッズのカルバン大学のマージョリー・カンノエ心理学教授の研究が発表されましたし、脳科学者・澤口俊之のオフィシャルブログ『脳科学者はかく稽う(かんがう)』の「09/9/07 体罰の脳科学論」にも、身体の痛みなくして心の痛みの神経回路を発達させられず、心の痛みなくして協調性や同情・共感の神経回路を発達させられないことから、限定的ながらも体罰の有用性を説いています。

 また、ニュージーランドは、児童虐待件数が先進国中でも多かったことから、平成19年に体罰禁止法が成立し、刑法も改正され、同時に警察には些細な事例は訴追しない裁量権も与えました。ところが、平成21年8月21日の選挙管理委員会の発表によると、国民投票の結果(7/31~8/21郵送投票、投票率54%)では、体罰を容認すべきだとの意見が87.6%に上りました。多くの人の健全な感性は、まさに本能原理から生ずるものなのです。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。