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連載 千座の置き戸 第七回 学問と生活-2/5

毎月 1日と15日に塾HPに掲載しております。 千座の置き戸 7月15日分を
こちらのブログにも掲載いたします。
ブログには読み慣れた仮名遣いに変更した物を掲載しております。
元の文章は こちら


連載 千座の置き戸(ちくらのおきど)

           第七回 学問と生活

                    南出喜久治(平成26年7月15日記す)

いにしへゆ こころといのち はぐくむは うたとまつりの くにからのみち
 (古昔より心と命育むは和歌と祭祀の国幹の道)

万葉集との出会いは十代のころで、父が和歌を嗜んでいたためです。昔の武士は歌の嗜みがありました。辞世の歌(短歌)を詠めました。突然の死に遭遇して、直ぐに辞世の歌を詠めるだけの素養があった人も居ますし、予め死を予期して辞世の歌を作っていた人も居ます。軍人は、軍人になったときから死に直面しますので、父は、上官から辞世の歌を認めるように助言され、戦地に赴くときから辞世の歌を詠んで、その後の状況や心境に連れて多くの辞世の歌を認めてきたと話してくれました。このように、戦前では将兵の間でもその伝統が続いていました。軍人には、財産に関する遺書は似合わず、精神に関する辞世の歌が似合います。そのことは、軍人だけではなく、日本人のすべてに共通していたはずですが、物質文明が蔓延したために、伝統的な日本人の精神構造が、特にGHQの占領政策によってずたずたにされ歪んでしまったのです。

 そんなことを知ったために、私は、昔の人の心が判って心を通わせることが伝統を守ることであって、学問としての和歌ではなく、生活の中に歌が生きていなければ、歴史や伝統を語る資格はないと感じました。そのことから、大阪大学の犬養孝先生の追っ掛けをするようになりました。犬養先生は、学生だけでなく誰とでも希望者とともに万葉故地を巡り、あの犬養節で朗々と万葉集の和歌を詠まれます。その姿に接していると、政治運動に明け暮れる殺伐とした心情から逃れ、ひとときの安らぎを覚えていたことを今も鮮明に思ひ出します。

 私は万葉集の研究者ではありませんが、愛読者の一人であることし自負しています。和歌に親しんでいると、自づと、正統仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)が自然と身についてきます。歴史や伝統を重んずる人の中には、正字正仮名の文章を守れという人が居ます。仮名については正統仮名遣ひを、漢字についても略字ではなく正字を使えと言うのです。

 確かに、仮名遣いについては、現代仮名遣いと称する占領仮名遣いを拒否することは当然のことです。これは、GHQ占領期に権力的に文化干渉がなされた結果だからです。権力による文化干渉を受け入れることは、ご先祖に対して顔向けができないからです。ですから、これを元に戻すのは当然です。正統仮名遣い復活の文化運動として、私の作る文書は、私的なものは当然ですが、職業的な裁判用の法律文書においても、特段の理由がない限り、原則として正統仮名遣いで通しています。

 しかし、漢字については正字しか使ってはならないという考えには疑問があります。もともと、万葉仮名は、支那伝来の漢字の当て字です。これを略字にしたとしても、仮名音は変わりません。ですから、正字に拘るのは趣味の問題と思います。私は、正字を尊重して、正字による著作物もあり、部分的にも趣味的に正字を用います。たとえば、略字で「国体」とするよりは正字で「國體」と表記した方が、象形文字の特徴を生かして、意味を正確に伝えられるからです。

 そして、この正字の復活の議論よりも、万葉時代にあって上代特殊仮名遣いの見直しの方がもっと重要だと思います。いろは47文字(あまつうた48文字)でも区別されていない合計20ないし21の音節を甲類、乙類の二種に書き分けた仮名遣いがあり、これを現代にどう反映するのかという課題です。もし、古代に仮名文字があれば、使い分けられたはずです。万葉仮名で書き分けられてきたということは、仮名が登場するまでは、我が国には固有文字がなかったことを意味することでもあります。

 そのような固有文字がない時代でも音節だけで多くの人々が情報を共有し伝達し合うためには、人々がばらばらに日常生活で会話するだけでは、文化や習俗などを後世に伝承することは不可能です。それには、やはり祭祀が重要な役割を担っていたのです。たくさんの集落の人が一同に会して祭祀を行い、歌垣で和歌を詠唱することによって言葉を共有してきたからこそ言霊を理解できたのです。文字がなかったからこそ言霊が幸わう国だったのです。

 ところで、私は、万葉集の愛読者の一人ではあったも、研究家ではありませんので、古文の文法や言葉の辞書的な意味をあまり詳しく探求したりしません。すべて独学というか我流です。そのために、万葉集やその他の歌集にある歌の解説や歌の手ほどきなどを人に教えたりすることは絶対にしないと心に決めています。
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