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アパグループ 第4回 「真の近現代史観」懸賞論文【転載】-3/5

アパグループ 第4回 「真の近現代史観」懸賞論文が発表されました。
本年の優秀賞 「日本は負けていない」~超経験者しか知らない史実~ 中松義郎博士
をこちらのブログにも転載いたします。

アパHP原文はこちら


ポツダム宣言を発した米国大統領トルーマンは、急死したルーズベルトから戦争を引き継いだとき「日本の国土の平野は僅か十四%しかなく大部分は山林等であり、攻めるのが非常に困難な地形である。しかも廻りは海で近づきにくい「不沈空母」である。地形のみならず無傷の七百五十万の世界最強(マッカーサーが議会で証言)の日本陸軍が本土と東南アジアに展開し、この敵とどう戦いどうやって打破する事が出来るか見当もつかない。」と溜息して日記に書いている。
 実は日本を空襲したB29から「アメリカは鉄が不足して船をコンクリートで造りはじめたり、男のパイロットが不足して女が飛行機に乗ったりしてアメリカは青息吐息だ。日本人よ、もう少しでアメリカが参るから、ガンバレ」というビラが撒かれた。恐らく乗っていた日系二世が日本上空から撒いたと思われる。
 一方、昭和二十年五月にベルリンに居た藤村義朗海軍中佐がスイスでルーズベルトの代理人キャノンと交渉し、米側は「満州、朝鮮、樺太、千島列島(北方領土)は日本に残す。台湾は蒋介石と交渉してくれ。この条件で停戦しないか。和睦は急いでやりたい。」と驚くべき提案をして来たが海軍軍令部はこれを受けなかったと藤村中佐自身から私は聞いた。これを継承したトルーマン大統領は、日本を降伏させるのは不可能で、どうにも打つ手が無く、手づまりだから「ポツダム宣言」というフェイントのような宣言を出した。これは又、原爆投下をする言い逃れにもしたのである。なぜフェイントのようかというと戦後、ポツダム宣言の書類の実物を見ると、トルーマンしか署名していない事が判った。イギリスもシナも署名していなかった。これから見るとトルーマンの一人芝居だったことが史実として判明した。そしてドイツ攻撃用に急いで実験的に作ったファットマンとリトルボーイの一つずつの二つしかない原爆を投下し、更に数百個の原爆があるとウソの宣伝をして日本をおどした。
 このフェイントのようなものに、まんまとお人よしの日本政府は引っ掛かってそのままのんでしまった。これにはろくな返事も来ないだろうと思っていたトルーマン大統領自身もビックリした事だろう。
 陸軍参謀総長、海軍軍令部総長という戦う陸海軍の責任者は前述のように本土決戦は勝つ見込みが充分あるから、天皇陛下の御前会議でもポツダム宣言受諾に絶対反対し戦争継続を主張したのであるが、天皇陛下が終戦の御聖断を下されたのである。
 この会議室の入口で、特攻の海軍現場責任者の海軍軍令部次長の大西滝治郎中将が「あと特攻機が千機あれば勝てます(実際は既に三千機が用意されていた)。」と意見具申したが拒否されたので、大西中将はこれに抗議して切腹した。切腹の介錯も頼まなかったのは怒りの表現であろう。一方本土決戦の帝都の空の護りとして厚木にある無傷の帝国海軍航空本土防衛隊は、零戦設計者堀越二郎の新設計の四翼プロペラ延長回転軸式新型迎撃戦闘機「雷電」や川西航空機製「空戦フラップ」付の新鋭機「紫電改」などの一万機が厚木航空隊に温存され、強くて米軍から恐れられたラバウル海軍航空隊などから集められた歴戦のベテランパイロットが手ぐすねを引いて待っており、厚木海軍航空隊小園司令は終戦命令に絶対反対で最後まで降伏しなかった。
 右の如く終戦時には「日本は負けていなかった」のは歴史的事実である。
 そして「終戦」の実態は「負ける」どころか「血気にはやり、戦いたい」陸海軍や士気旺盛の国民に終戦を説得し抑えるのが大変だったというのが歴史的事実である。
 しかしポツダム宣言に対して日本政府は「これは敵から申し出た和睦の条約」とまじめに甘く考えていてこれに乗ってしまったのである。アメリカの新聞は大喜びで「日本は無条件降伏」と事実とちがう報道を行った。アメリカの提示したポツダム宣言自体、八つの条件付であり、これに加えて日本政府は「国体護持」という条件付きで受諾したので、計九つの条件付和睦で「無条件降伏」は事実に反するのである。又、ポツダム宣言にも日本の国としての無条件降伏とは一字も書いていない。戦後の日本人が洗脳されて「敗戦」だとか「日本が無条件降伏した」と思っているのはまことに嘆かわしい。
 さて日本は歴史上負けたことがなく、前例が無いので終戦のやり方が非常にまずかった。通常どんな契約でも必ずネゴをして味方の条件を良くするものだ。現に藤村中佐のスイス交渉では、ルーズベルト大統領が「満州、朝鮮、樺太、千島列島は日本に残す。台湾は蒋介石と交渉してくれ。」と言っているのだから、この線に戻すことは可能性大だったのだ。だが今も昔も変わらぬ外国との交渉下手の日本政府はネゴをしなかった。ところが和睦の条件の武装解除をして日本に武力を無くすると、アメリカは次のステップとして、日本の陸海軍を廃止させた。これはポツダム宣言に入っていない。更にアメリカはハーグ国際条約に反してアメリカ原案の憲法を日本政府に呑ませた。日本の政治家は一人として抵抗する「男」がいなかった。これは今日迄続いている。
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