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千座の置き戸 -第四回 軍隊と警察-2/3

毎月 塾HPに掲載しております。千座の置き戸 原文はこちら 塾HP
連載 千座の置き戸(ちくらのおきど)
本日は 3分割中の2回目 こちらへの掲載分は一部にカナを付けて読み仮名を慣れた物にしてあります。


           第四回 軍隊と警察

                    南出喜久治(平成26年6月1日記す)

うなはらに すめのいはふね くだけちり のちをゆだねた ひとなわすれそ(海原に皇軍の磐船砕け散り後世を委ねた人な忘れそ)

ところで、前回でも述べましたが、「交戦権」と「自衛権」の区別というのは、実は、この「軍隊」と「警察」の区別とに対応しています。交戦権がなければ、拉致された邦人の救出のため先制攻撃をして敵の枢要部を撃砕することなど、国防上の措置や国家の独立性を維持するために必要な措置をとることができません。
 自衛隊によって自衛のための具体的な措置をとることができるとしても、それはあくまでも本質は警察力による自衛権の行使であり、軍事力による自衛権の行使はできないのです。軍事力の行使は、本質的にはまさに交戦権の行使だからです。

 先ほど述べたとおり、自衛隊の武器使用制限が警察官の場合と同様であることから、自衛隊は、いわば急迫不正の侵害がある場合の正当防衛的な迎撃しかできません。攻めてきたらそれを押し返すことはできても、戦闘状態になっていない遠方の敵の枢要基地を先制的に攻撃したり制圧、撃砕したりすることはできないのです。
 「攻撃は最大の防御」と言われていますが、「攻撃できないのは最悪の防御」とも言えるのです。

 ここに、「自衛権だけでは自衛できない。」という、自衛権のパラドックスがあります。

 つまり、自衛権だけでは、自衛の措置を超えた国防上の措置はとれません。「交戦権」とは「国防」のためのものであり、「自衛権」は「自衛」のためのものですが、占領憲法が憲法なら、第9条で「交戦権」を認めていませんので、その意味においてもやはり「自衛隊」は「警察隊」としての行動の限界を超えることはできません。

 いま、個別的自衛権と集団的自衛権という些末な議論がなされていますが、ここで注目してほしいことは、限定的と称して、集団的自衛権が行使できる範囲を、まさに「ポジティブ・リスト」として議論している点です。つまり、自衛隊には交戦権がなく自衛権しかないので、自衛権が行使できる事項の範囲を「ポジティブ・リスト」として定めなければならないのです。軍隊であれば、「ネガティブ・リスト」として国際条約と戦時国際法になどに反しない限り、あらゆる軍事行動が認められるのですが、「ポジティブ・リスト」で議論している姿は、自衛隊は軍隊でないと改めて世界に公表しているに等しいものです。

 仮に、自衛権行使の範囲と態様を「ポジティブ・リスト」として沢山のメニューを列挙して、これが法令で決まったとしても、我が国を侵略する国家が、わざわざそのメニューにある攻撃方法で攻撃をしてくると思いますか?
 軍略的には、そのメニューにある攻撃態様以外の方法で攻めてくるのは当然です。ですから、こんなメニューはイタチごっことなり、殆ど何の役にも立ちません。それを今のバカな政治家どもが、ありえないような事例まで持ち出しメニュー作りをし、これについて侃々諤々(けんけんがくがく)の些末(さまつ)な議論をしているのは、小田原評定に勝るとも劣らない愚かなことです。

 占領憲法第9条の解釈においても、詭弁を弄(ろう)して、仮に、自衛権が自衛のための交戦権を含むと解釈したとしても、領土回復、邦人救出などの国防上の見地や国家独立の維持の見地によって認められるべき交戦権は、第9条第2項後段の明文規定で否定されていることは誰も否定できません。
 交戦権がないと思っているから、北方領土も竹島も奪還できないのです。もし、交戦権が認められているとの前提ならば、北方領土や竹島の奪還計画を実行できるのですが、そんなことをすれば自衛権の範囲を超えるとして今までできなかったのです。

 自衛権を拡大解釈しても、攻めてきたらこれを迎え撃って押しのけるという「迎撃戦争」しかできません。ところが、一度敵国に占領されて実効支配が確立した後では、急迫・不正の侵害がある状態ではありませんから、これを奪い返すという「奪還戦争」は自衛権を根拠としてはできないのです。まさに、自衛の範囲から外れるからです。ですから、一度奪われた領土の回復はできず、「北方領土状態」や「竹島状態」になってしまうのです。
 そして、尖閣諸島が中共に奪われて実効支配を確立されたら、奪還戦争はできず、無法者を相手に気長で絶望的な外交交渉をすることしかできないのです。なぜならば、占領憲法の前文にあるように、「諸国民の公正と信義に信頼して我らの安全と生存を保持しようと決意した」からです。


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