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おさなここち 『動物と機械』-2/2

 この殺処分される原因となる口蹄疫という病気は、牛、豚などの固有の病気で、人間にはうつらない病気です。そして、高病原性鳥インフルエンザについても、このウイルスを受け入れる特別のタンパク質(レセプター)を持った特殊な人でないとうつらない病気です。つまり、これらはあくまでも動物だけの病気なのです。そして、病気になった動物をしばらく休養させて治療してあげれば治るのです。狭い厩舎(家畜小屋)に閉じこめられているので、病気になりやすい環境にあり、餌を与えてくれるのは、あくまでも肉や乳や卵が少しでも早く大量に欲しいという人間側の都合のためで、家畜たちは大きなストレスの中で生まれ育って死んでいくのですから、しばらくでもそんな環境から解放してあげれば体力や免疫力が回復して病気は治るはずです。これらの病気は、これによって死んでしまうこともありますが、それほど死亡率の高い動物の病気ではないのです。

 にもかかわらず、病気になった動物を全くなんの治療もせずに問答無用で殺してしまい、しかも、場合によっては、同じ厩舎に居るすべての動物を皆殺しにしてしまうのはどうしてでしょうか。皆さんに置き換えて考えてみてください。学校で誰かがインフルエンザにかかったとき、その生徒が治療もしてもらえずに殺され、同じ学校に通っていた生徒全員も皆殺しにされるのと同じです。皆さんがそうならないのは、人間であって家畜ではないからです。ただそれだけのことで、天と地ほどの違いになるのです。なんと恐ろしいことではありませんか。

 その理由は、産業動物を「動物」とはみなさない人間社会の考え方にあります。牛、豚、ニワトリなどの家畜は、食用の肉や乳や卵を作るための「機械」と見ているからです。動物が「病気」になるのは、機械が「故障」したことなのです。故障(病気)になると、肉や乳や卵という「製品」の生産量が大幅に減ります。普通なら「故障」(病気)になったら「修理」(治療)すればよいのですが、これらの故障(病気)は、その機械(動物)だけの故障にとどまらず、同じ工場(厩舎)にある他の機械(動物)にも同じ「故障」を連鎖的に引き起こし、それ以外の場所にある工場にも広がるために、工場全体、産業全体の生産力が低下します。だから、工場を閉鎖し、機械を廃棄処分(殺処分)にするのです。ところが、この故障(病気)は、修理方法(治療方法)もなく、確実に機械廃棄(死亡)しなければならないような、修理が不可能な故障(不治の病)ではないのです。なんと、治療するのが邪魔くさいから殺処分するのです。どうして邪魔くさいから殺すのかというと、いままで口蹄疫などになった動物を安易に殺すことしかしてこなかったし、真面目にこれまで治療方法を研究開発することをしてこなかったからです。

 皆さんは、牛、豚、ニワトリなどの家畜がいる動物園に行ったことがありますか。おそらく、牛、豚、ニワトリなどのいる動物園はないはずです。それは、これらの動物を動物園で飼育展示する動物(展示動物)とした場合、もし、口蹄疫などになったときは、これらが家畜伝染病予防法での「家畜」に該当するため、殺処分しなければならなくなります。すると、その手続きや作業や大変になり、動物園が大きな損害を被ることになる上に、動物園を訪れる親子たちにそのことを説明したりすると、悲しい思いをさせたり、どうして殺すのだ!という抗議を受けることが怖いからではないかと思います。
 このことからしても、牛、豚、ニワトリなどの家畜は動物としては扱われないのです。家畜たちは、口蹄疫などの病気になれば治療もしてくれずに、ただ殺されるだけです。皆さんは、この現実に目を背けてはなりません。

 食事の前に「いただきます」という挨拶の言葉には、御先祖様から受け継いだ食べ物の恵みに感謝しつつ御先祖様と一緒に食事をし、海の幸、山の幸の「命」をいただいて、それを私たちの「命」として繋ぐことになることを感謝する意味があります。ですから、動物の命を奪うのは、私たちが命を保つために必要最小限度のものであり、あるいは人間社会を危険から守るためにやむを得ない場合でなければならないことは当然のことです。
 日本や世界には動物愛護団体や宗教団体などが数多くありますが、イルカやクジラなどを食用にするために捕獲したりすることですら反対する団体の人達でさえ、殺処分という大きな矛盾をほったらかしにして黙っているのは、これらの人々がこのような矛盾を知っていながら、あえて世界の人々を欺いて自分たちの要求だけを通そうとする恐ろしいまでの偽善者だからです。

 一方では、先ほどの水鳥が元気になったことを素直に喜ぶ人や、犬や猫などを家族のようにして育て、病気になれば真夜中でも獣医さんに見てもらい、死んだときは涙を流してお墓までつくる人がいるのに、他方では、そのような人たちでさえ、口蹄疫などで大量に動物が殺処分されたニュースを見ても涙を流すどころか、早く殺処分してくれてよかったなどと喜んだり、殺処分が遅れていることに抗議までする人が居ることは、どこか世界全体の社会と人々の心が狂っているためではないでしょうか。
 皆さんには、このような矛盾に素朴な疑問を持ち続けながら、ひちすら自分の本能を鍛えて強くし、みんなで知恵を出し合って、よりよい将来の社会を作って行ってほしいものです。
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