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「自己責任論」は差別思想である。

先人が築き上げてきた終身雇用、年功序列といった、我が国の伝統文化の恩恵を受けてきた世代の人たちが、今から20年ほど前から突然、やれ自己責任だ、自立だ、欧米を見習え・・・などとわめき立て、社会を潰してしまった。一方、彼らの子供の世代である若者は、底の抜けてしまった社会に生きることを余儀なくされ、将来の心配どころか、日々の暮らしのことを心配しながら、悲鳴をあげている。

自己責任と無責任は同じである。自己責任論を世の中に通用させるとなると、共同体は必ず崩壊に向かう。なぜなら、責任とは本質的に自己のために果たすものではなく、他者、あるいは社会のために果たすべきものであるからだ。責任が自己に向かうことで、必然的に、他者を顧みることを怠り、悪しき個人主義に陥る。つまり、社会性の喪失を生む。

例えば、「君が貧乏なのは君のせいだ!」というのであれば、自己責任論である。これは自由と実力主義の国アメリカならば、通用するかもしれない。アメリカはアメリカンドリームの国であり、いくらでも自己の可能性が実現できる国であることを謳っている。だから、金持ちになれない人は自己責任ということになる。この考え方は一見すると自由であり魅力的に映るかもしれないが、実は根底に差別主義が潜んでいる。責任を自己に限定化させることで、密かに白人と黒人の線引きをしているのである。つまり、白人社会であるアメリカは、実力のある役に立つ黒人は受け入れるが、そうでない黒人は見捨てるのだ、ということを暗黙の了解としている。これは絶対に日本人が学んではならない欧米社会の暗部である。

日本では、これまで先人が知恵を絞り、調和のとれた比較的安定的な社会制度を構築してきた。それが終身雇用であり、年金制度であり、国民皆保険制度として現れている。前二者は崩壊しつつあるが、残り一つはTPPにより危機にさらされているものの、まだ残っている。こういった状況に陥ったのは日本人が日本人の築き上げてきた社会制度に対する信頼を失った事以前に、それを誇りとし、それを残してくださった先人に対する敬意が欠けていたからにほかならない。とりわけ、それを崩壊させた世代は、戦後GHQの教育により、日本的価値観を否定することを徹底して刷り込まれてきた。もし、彼らがこの洗脳から脱しており、日本的価値観を肯定していたならば、こういった危機には直面しなくてよかったかもしれない。

今からでも遅くはない。まずは日本的価値観を取り戻し、先人が残してくださった我々の社会制度に誇りを持ち、それを後世にも残していこうではないか。そのためにも、まずは諸外国から内政干渉の受けることのない、真の独立国家を回復することから始めなければならない。占領憲法の無効宣言と帝国憲法の復元改正こそが真の独立の条件である。
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