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祭祀の道 第五十七回 家産と貨幣経済(その三) -1/2



毎月12月1日に塾HPに掲載しております 青少年のための連載講座 第五十七回が掲載されております。
本の文章はこちら→第五十七回 家産と貨幣経済(その三">第五十七回 家産と貨幣経済

こちらのブログには少し読みやすくしたものを2回に分けて掲載させて頂きます。



(青少年のための連載講座) 祭祀の道

           第五十七回 家産と貨幣経済(その三)

                    南出喜久治
                    平成二十五年十二月一日記す

かてともの みあひをこゆる かねうめば ねうちをだます つなわたりのよ
 (食料と商品見合ひ(均衡)を超ゆる金(通貨)生めば(発行するれば)値打ち(貨幣価値)を騙する綱渡りの世)

 通貨について、本来、誰が発行する権利を持っているのか、通貨の数量はどのようにして決められるべきなのかという通貨の本質論を語らなければなりませんが、意外なことにこれまでの経済学者は誰も本格的な議論をして来なかったのです。今回からは、このことについて歴史的事実を踏まえて考えてみましょう。

 人類の生活は、初めは自給自足でした。神々の世界と同じです。このころは通貨はありません。ところが、前々回(第五十五回)で述べたとおり、部族共同社会内における「分担」から、その部族共同社会が徐々に利益社会へと変化する過程の中で、「分業」が生まれてきます。そして、分担から分業へと変化することによって貨幣(通貨)が登場します。

 初めに登場するのかそれ自体が有用な物資としての価値のある「商品貨幣」です。物資(商品)がそのまま貨幣(通貨)を兼ねることになります。商品交換の初めの形態は、物々交換ですが、この物々交換というのは、交換しようとする当事者が、それぞれ交換する双方の物資の使用価値が等しいと納得(合意)して交換します。たとえば、海辺の人が採った海草一束と山辺の人が採った山菜一束とを交換するわけです。
 ところが、常に、お互いが求めている物資を相手方が持っているとは限りません。そうすると、使用価値のある物で、耐久性があり保存が効く物であり、しかも、多くの人がそれを必要としたり求めたりする物で、しかも、できる限り持ち運びが容易で均質の物が選ばれるのです。特に、多くの人が必要とする物としては、保存の効く食料が最適であり、我が国では、前回(第五十六回)で述べました米(稲の実)です。たとえば、海辺の人が山菜を求めていない場合、山辺の人が採った山菜を求めている川辺の人の作った米一袋とを交換し、その米一袋を持って海辺に行き、その米一袋と海草一束とを交換することができるのです。米は、山辺の人も海辺の人も共に必要な物資だから、このことができるのです。そうして、取引する物資の種類が多くなり、それを見越して分業がさらに進みます。

 そして、さらには、米よりも比較的持ち運びに便利な物で、使用価値がある稀少物として誰でもが認めるものを商品貨幣として選ばれることになります。それが金(gold)や銀です。金塊や銀塊の重量を調べて、単価を決めて取引します。秤で重さを計って値段を決めます。これは秤量貨幣と呼ばれています。

 ところが、金銀でも、取引する場合に、その金塊、銀塊における金銀の含有量をいちいち調べることの繁雑さや、これらの管理と運搬などに手間と時間がかかります。そこで、大きな財産を持つ信用のおける資産家が、金塊や銀塊の形状と重量を統一的に定型化して、金銀の地金の重量を表示した貨幣(金貨、銀貨)を作り、その真正さと品質をその資産家が保証することによって取引を円滑にさせる方法が生まれました。人は金塊や銀塊を資産家に持ち込んで、これをその金貨や銀貨と交換し、資産家はその手数料を貰うことになります。これが両替商の始まりです。

 そして、ここから貨幣の性質は変化して行きます。貨幣の信用は、そこに含まれている金銀の含有量という物的信用よりも貨幣を鋳造して両替してくれる資産家の経済的信用が重視されます。そうなると、物的信用は必要ではなくなり、価値に見合った金銀の含有量が貨幣になくても通用することになります。そのために、だんだんと金銀の地金に作る貨幣できなく、それ以外の金属製の鋳造貨幣でもよいことになり、さらには、紙に印刷した紙幣でよいことになります。ただし、兌換貨幣であることが求められます。その貨幣を両替商に持って行けば、その価値と同等の金銀の地金と交換できるという保証があれば、どんな貨幣でもよいということになります。

 ところがです。ここから世界最大の詐欺行為、強奪行為が始まります。イギリスでは、ロンドンで両替商などを営む金細工師(金匠、ゴールド・スミス、goldsmith)の銀行家たちが、既成事実を積み上げて、通貨発行権とそれに付随する「シニョリッジ 」(seigniorage)を独占してしまうのです。シニョリッジというのは、「通貨発行益」のことで、たとえば、50ポンド紙幣を発行すると、それに要する僅かな印刷代などの経費を差し引いた残りの多くの金額を自分の利益として取得することです。
 これこそが、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツらが主張するとおり、世界が金融資本主義によって資産格差、所得格差を加速させているレントシーキング(rent-seeking)の最初にして最大の事件なのです。
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