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国連事務総長の発言と「侵略戦争」

潘基文

国連の潘基文事務総長は26日、ソウルの韓国外務省で記者会見をし、歴史認識問題をめぐり日本と中韓との対立が深刻化していることについて「日本政府と政治指導者は自らを深く顧みて、国際的な未来を見通すビジョンを持つことが必要だ」と述べた。韓国人である潘氏の我が国における先の大戦に関する独自の主張のようだ。それ以前に、安倍首相は「侵略の定義は定まっていない」とした発言を行っており、憲法改正論議などと相まって潘氏の発言に影響を与えたとみられる。

国家間が対立する問題で、国連事務総長が一方の態度に問題があるとの認識を強い表現で示すのは異例である。しかし、我が国は未だに国連の敵国条項にあることを考えると、今回の発言により国連の本音を突きつけられたとも解釈すべきである。こういった問題を日韓関係という狭い枠組みで論じることの危険性を感じる。

それにしても、日本が先の戦争において「侵略戦争」を行ったとする特亜三国ならではの主張に明確な反論の論拠が必要である。これまで史実においていくつもの論拠が挙げられてきたが、やはり、これは国際法との関連で見るべき問題であろう。その一助として、南出喜久治氏の著書から一節を引用した。

《大東亜戦争は、まさに「思想戦争」である。我が国は『ポツダム宣言』を受諾して停戦したものの、昭和二十年六月八日、御前会議においてなされた、「聖戦完遂」、「国体護持」、「皇土保衞」の国策決定は未だ取り消されてはいない。大東亜戦争は聖戦であり、その聖戦を完遂するについて、ひとまずは停戦したのである。そして、昭和二十六年九月八日にサン・フランシスコ(桑港)において調印し、同二十七年四月二十八日の発効によって我が国が独立を回復した最終の講和條約である「桑港條約」(『日本国との平和條約』資料三十六)によって、「戦争状態」を終結させたものの、聖戦完遂のための再戦を放棄したのではない。つまり、我々は、火器が使用されてはいないが、捏造情報の宣伝などの手法による攻撃を受け続けており、情報戦争の形態で未だに大東亜戦争が継続しているという認識に立たねばならない。

大東亜戦争が侵略戦争であつたとする謬説は、この情報戦争において敵側の用いる情報戦術というべきであって、大東亜戦争は、紛れもなく自衞と解放のための聖戦であり侵略戦争ではない。その理由は多岐に亘るが、歴史的事実の検証の詳細については多くの研究成果が発表されているのでそれに讓る。本書では主に、これまでの戦争の国際法的な観点で述べてみることにする。

我が国は、明治三十四年九月、清との間で他の連合国とともに『義和團事変最終議定書』による條約に調印し、以後、この條約により諸外国とともに支那大陸に支那駐屯軍を置く「駐兵権」が承認された。昭和十二年七月、蘆溝橋で不法射撃を受けたのは、まさに我が国の支那駐屯軍だった。この北支事変により、さらに戦火が拡大したのが支那事変である。戦略、戦術の巧拙は別としても、国際法上も違法な「侵略戦争」ではありえないし、対米英戦争は勿論のこと、全体としての大東亜戦争は侵略戦争ではない。

すなわち、我が国が昭和四年に締結した『戦争放棄ニ関スル條約』(パリ不戦條約)について、当時の国際法解釈によれば、戦争は、「自衞戦争」と「攻撃戦争」(war of aggression)とに区分され、後者は、一般に、自国と平和状態にある国に向かって、相手方の挑発的行為を受けていないにもかかわらず先制的に武力攻撃を行うことを意味し、それ以外は全て自衞戦争としていたのである。そして、このwar of aggressionを、極東国際軍事裁判(以下「東京裁判」という。)において、連合国軍最高司令官総司令部(General Headquarters/ Supreme Commander for the Allied Powers 以下「GHQ/SCAP」又は単に「GHQ」という。)の指示によりこれを「侵略戦争」と誤訳したことから、略取、掠奪の意味を含む一般的な「侵略」の概念との混同を生じたことが今日の混乱を招いているが、いずれにせよ、自衞戦争か侵略戦争か、それがいずれの戦争であるかの判断については、各国に「自己解釈権」が与えられており、支那事変を含む大東亜戦争は、まさに開戦詔書にもあるように「自存自衞」の戦争であった。》

参考文献:南出喜久治著『かへるうぶすな』
かへるうぶすな

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