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おさなここち 『こぶとりじいさん』-1/2


南出喜久治先生が子供向けに書いていらっしゃる おさなここち 私たち大人にとっても大切な事が書かれていますので、こちらのブログにも不定期で掲載しています。

うけひのもり学園HP

こちらの文章元の文章よりこのブログに掲載する際、漢字に変換しています。
今日は前半部分のみ


「こぶとりじいさん」の話を知っていますか?よく冗談で言われることですが、「こぶとり」と言っても、少し太ったおじいさん(こぶとりじいさん)の話ではありません。これは、平安後期今昔物語集、鎌倉初期の宇治拾遺物語と言う昔の書物にもその原型がみられるおとぎ話で、世界にも同じような話やこれに良く似た話もあります。これと良く似た話か少し変わった話などが多くありますが、念のために私なりに標準的な話として要約して説明しますと、次のような話です。

 昔々あるところに右ほほに大きなこぶがあるじいさん(右こぶさん)と、左ほほに大きな重いこぶのあるじいさん(左こぶさん)が隣どうして住んでいました。二人ともそのこぶに不便を感じていましたが、右こぶじいさんは正直で無口な人で、邪魔なはずのこぶにも大そう愛着を感じていましたが、左こぶじいさんは、いじわるで欲張りな人で、こぶがある事がいやでいやで仕方がありませんでした。ある日、右こぶさんが山に仕事に行くと、突然、雨が降ってきたので、近くにあったお堂に入って雨宿りをした所、ついついお堂の中で眠ってしまいました。目が覚めると、あたりは真っ暗になっていて、お堂の近くに鬼が集まって楽しそうに歌って踊って酒盛りの宴会をしています。
右こぶじいさんはその楽しい雰囲気に自分も楽しくなり、鬼の怖さも忘れて踊りながら鬼達の宴会に加わってしまいます。鬼達は驚きましたが、右こぶさんの踊りがたいそう上手で楽しいので、鬼達も感心して右こぶさんに酒やごごちそうをすすめてみんなで楽しく過ごします。宴会が終わると、鬼達が次の晩にも踊りを見せてくれるように右こぶじいさんに命じ、明日来ればこのこぶを返してやると言って、右こぶを一気にひっぱって傷も痛みもなく取ってしまいました。 右こぶじいさんが山から家に帰ってきて、奥さんのおばあさんにその一部始終を話しましたところ、その話を盗み聞きした隣の左こぶさんが、自分もこぶを取ってもらおうと考え次の日の夜更けに同じ所に出かけました。
すると、やっぱり鬼達の宴会が始まりました。ところが、左こぶじいさんも同じように踊ってみせたものの、鬼が怖くておどおどする為に、上手く踊りができず鬼達はそれが気に入りません。
しかも、こぶを取ってくれとせがむので、とうとう鬼達は怒って、右こぶじいさんから取り上げたこぶを左こぶじいさんの右ほほに押し付けてくっつけました。このようにして、右こぶじいさんはこぶが無くなりすっきりしましたが、左こぶじいさんは両ほほに重いこぶをぶら下げることになって苦労することになりました、とさ。
 まあ、ざっとこんなはなしです。
これにさらに枝葉が着いたり、少し違った事情などが加えられたり、削られたり、別の物に変えられたりするものも数多くあります。

しかし、いろいろな変形はありますが、大筋ではこの通りの話です。 この話にはこぶが話題に出て来ます。
このようなこぶはガンのような悪性の物ではなく、いわゆる良性の物です。外科手術や整形手術の無い時代の話ですから、悪性の物も良性の物も、それを取り除く手術などがあった事が語り継がれてきたという歴史的な背景があるようです。強さと優しさとは表裏の関係にありますから、一般には人々に害をなすような強い力を持つこわい鬼であれば痛みや出血もなくこぶをとるような人の為になる手術の力も持っているとして、鬼も人間と同じように宴会を楽しむ、愉快でおどけた側面がある事を描いています。
 しかし、この話には必ずしもあまり深い意味もなく、明確で道徳的な教訓がある話では無いと言われてきました。それどころか、多くの矛盾や疑問が指摘されています。まず、「したきりすずめ」についても同じ事が言われていますが、「こぶとりじいさん」ではなく、「こぶとられじいさん」とすべきではないかという事です。
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