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原発推進はどのように行われてきたのか

昨日3月11日で東日本大震災からちょうど二年を迎えた。被害に遭われた方々の心情は察するに余りある。家、財産、愛する人を失いながらも賢明に前向きに生きようとしている姿を見るたびに、切ない思いになる。復興への道のりはあまりにも遠い。今回は被害を免れた西日本に住む私ももう一度、震災被害について思い返し、自らにできることを実行しなければならない。

今回の震災がこれまでとは異なる点は、原発事故を招いたことである。日本は世界有数の地震大国であり、いくつものプレートが重なる複雑な地盤の上にある国である。従って、所狭しと、活断層が走っていることは周知の事実である。にも関わらず、56基もの原発が存在することは、異常なことではないだろうか。フランスをはじめ欧州でも原発を採用しているが、それは地震がほぼ皆無の安定した地盤を有する地帯だからだ。米国にいたっても、地震が発生する西部にではなく、東部の地震が起きにくい地域に原発を集中させている。なぜ、地震大国日本でこれほど原発が推進されてきたのか。理由は日本が資源の乏しい国だからというだけではない。むしろ、政治的理由によるものと言える。

それは、今日においても放射能の危険性をめぐって左右の党派により全く見解が異なることからも垣間見える。左翼陣営はその危険性を強調するが、保守陣営は放射能のホルミシス効果、つまり、放射能は健康に良いという説まで用いだし、その危険性を甘く見傾向にある。そもそも、放射能とは政治的判断により安全か危険かの判断ができるものではない。科学的知見に基づく必要である。にもかかわらず、放射能の危険性が政治的党派により異なるのは、そこに政治的バイアスがかかっていることの証左でもある。

今回は震災から2年を迎えたにも拘らず、現在進行中の福島第一原発の放射能汚染を忘れないためにも、日本において原発がどのように推進されてきたのかについて取り上げてみたい。以下、平成23年5月の南出喜久治氏の論文から一部を引用してみた。

≪(略)そもそも、原発は、どのようにして我が国に導入されたのであろうか。広島と長崎が原子爆弾による無差別大量殺戮の被害を受けた我が国は、これに追い打ちをかけられたかの如く、昭和二十九年三月一日の米国の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物(いはゆる死の灰)を浴びた第五福龍丸の乗組員が被害を受け、「原子力(核)の恐怖」は国民的トラウマとなって定着してしまった。ところが、米国アイゼンハワー大統領の指令を受けた米国CIAは、読売新聞社主の正力松太郎を工作員に仕立て上げ、読売新聞と日本テレビなどマスコミを総動員して、「原子力の平和利用」といふ大々的な洗脳キャンペーンを行ったことから、我が国を原発推進へと大転換させた。これによって、我が国は、核保有国が核を独占的に支配管理するNPT体制に組み込まれ、我が国のエネルギー政策における生殺与奪の権をアメリカに売り飛ばし、エネルギー戦争の第二の敗戦を帰した。

GHQの傀儡政権である自民党は、昭和三十一年に我が国を「敵国」とする国連に加盟させ、昭和三十六年には食料自給率を低下させることを実質的な目的とした旧・農業基本法を制定し、さらに、エルルギー自給を断念させるための原発推進を加速させ、アメリカへの隷属への道を歩み続けた。その基本政策とするのが、対米追随外交、日米安保堅持、原発推進のエネルギー政策という三点セットであり、これで政権を担ってきたのである。

アメリカからの工作資金の提供を受け続けてきた自民党と同様に、「なんでも反対」の旧・社会党と日本共産党は、ソ連からの工作資金の提供を受けて、安保破棄、原発反対を唱えた。そして、これらの狭間に在って、健全野党と思われた旧・民社党もまた、CIAからの工作資金の提供を受けていたことが、平成十八年七月十八日に明らかになった。

(中略)

原発問題に関しては、福島原発事故の後、親米勢力の原発推進派と反米勢力の原発反対派とのせめぎ合いが顕在化し、二極化が深更しているが、核のトラウマに便乗する後者が優勢であることは言うまでもない。しかし、ここに完全に没落しているのは、真の祖国愛を抱く親日勢力であり、親日勢力はこれら両派の外国勢力のために股裂き状態に追い込まれている。原発推進することが保守だとする倒錯した議論が無自覚に語られ、脱・原発を唱へる愛国者を原発推進派の似非保守の売国奴が平然と批判することが繰り広げられている有り様である。

ところで、原発推進派が喧伝する、原子力発電コストが他の発電コストに比べて低いというのは、CIA工作によるデータの改竄によるもので、実は原発コストが一番大きいのである。発電コストについては、資本費、操業費、燃料費で比較している比較して見せるのであるが、これは、原発を継続運転する場合のイニシャルコスト(資本費)とランニングコスト(総業費、燃料費)だけであって、一般的な通常の会計学的手法が用いられているに過ぎない。しかし、厳密に会計学的に考察すると、原発コストの場合は、いわば「偶発債務」や「負債性引当金」などに相当するものが計上されておらず、他の発電の場合と比較して、これらが余りにも大きすぎる点が明らかに隠蔽されているからである。平易に言えば、原発の耐用期間が経過した後に、その老朽原発を安全無害に解体する場合の廃止措置費、放射性廃棄物(使用済み核燃料)の継続的管理費及び最終処理費(地層処分費)、地層処分のための用地を確保する土地取得費と交渉対策費、原発事故が発生した場合の復旧費とその放射線汚染に伴う損害賠償費、原発の新規建設を推進させるための地元対策費や継続的な地元援助金、利益誘導対策費、用地買収資金などを計算に入れれば天文学的な金額になるが、これらについては、発電コストの原価計算の基礎数値からは完全に除外されているからである。≫

【引用箇所】
南出喜久治 「同工異曲の原発問題と安保問題」 全文はこちらをクリック
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