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未曾有の危機を救う絶対的に不可欠なこと【転記】

あいさいさんのブログより転記いたします。

帝国憲法第十一条 
天皇は陸海軍を統帥す
(天皇は陸海軍を統率する)

命懸けで日本を救おうとしている人たちへの絶対的後方支援は、私達が帝国憲法が今も現存している事実を言挙げし、天皇は陸海軍を統帥す(天皇は陸海軍を統率する)国であると思い出すこと。


今ほど、日本人全員が「帝国憲法が現存している!」ことに気づかねばならない時はない!日本国憲法が憲法だと錯覚しているから、陛下はビデオメッセージしかだせない!陛下の御詔勅を直々に賜るためには、「帝国憲法は今も生きている!」という歴史的事実を臣民みな思い出すだけ。



帝国憲法第四条 天皇は国の元首にして統治権を総攬しこの憲法の条規により之を行う
(天皇は国家元首であり、統治権を統合して掌握し、憲法の規定により統治を行う)




帝国憲法第八条 天皇は公共の安全を保持し又は其の災厄を避くる為緊急の必要に由り帝国議会閉会の場合に於て法律に代わるべき勅令を発す

この勅令は次の会期に於て帝国議会に提出すべし若議会に於て承諾せさるときは政府は将来に向て其の効力を失うことを公布すへし
(天皇は公共の安全を保持し、その災厄を避けるため緊急の必要があり、かつ帝国議会が閉会中の場合は、法律に代わる勅令を発する
この勅令は、次の会期に帝国議会に提出しなければならない。もし、議会において承認されなければ、政府は将来その勅令の効力が失われることを公布しなければならない)

 謹んで思うには、国家の一旦急迫が発生した時や国民に凶荒な疫病が発生したり、その他災害が発生した時は、公共の安全を保ち、その災厄を予防救済するために力の及ぶ限り必要な処分を施さなければならない。この時に議会が偶々開会していなければ、政府は進んでその責任を司り勅令を発して、法律に代え手抜かりの無いようにするのは、国家の自衛と保存の道において、もとより止むを得ざるものである。故に前五条において立法権の行用は議会の協賛を経てと言ったのは、その常の状態を示したのであり、本条に勅令を法律に代える事を許すのは、緊急時の為に除外される例を示す物で有り、これを緊急命令の権とする。よくよく緊急命令の権は憲法の許すところであり、また憲法のもっとも乱用を戒めるところである。憲法は公共の安全を保持し、又は災厄を避けるために、緊急で必要な限りこの特権を用いることを許し、そして利益を保護し幸福を増進するという通常の理由により、これを乱用することを許さない。故に緊急命令は、これを発令するときに本条に準拠することを宣言する事を形式とすべきである。もし、政府がこの特権に託し容易に議会の公議を回避する方便として、また容易に既定の法律を破壊するに至る事があれば、憲法の条規は空文に帰し、一つも臣民の為に保障をなすことが出来なくなる。故に本条は、議会にこの特権の監督者としての役割を与え、緊急命令を事後に検査して之を承諾させる必要のある事を定めた。



帝国憲法第九条 天皇は法律を執行するために又は公共の安寧秩序を保持し及び臣民の幸福を増進する為に必要なる命令を発し又は発せしむ但し命令を以て法律を変更する事を得ず(天皇は、法律を執行するため、又は公共の安寧と秩序を保持し、及び臣民の幸福を増進する為に必要な命令を発令するか発令させる事が出来る。ただし、命令で法律を変更する事は出来ない)

謹んで思うには、本条は行政命令の大権を掲げたもので有る。蓋し、法律は必ず議会の協賛を経て、そして命令はもっぱら天皇の裁定によって出る。命令の発令するところの目的は二つ有る。一つは、法律を執行するための処分並びに詳説(詳しい説明)を既定する。二つ目は、公共の安寧・秩序を保持し及び臣民の幸福を増進する為の必要において行う。これは全て行政の大権により、法律の手続きによらずに一般尊由の条規を設ける事が出来る。蓋し、法律と命令とは、均しく臣民に尊守の義務を負わせるものである。但し、法律は命令を変更できるが、命令は法律を変更する事が出来ない。もし、双方が矛盾する事態になったなら、法律は常に命令の上に効力を有すべきである。
命令は、均しく至尊の大権による。そして、その勅裁にでて親署を経るものを勅令とする。その他、閣省(内閣と省庁)の命令は、全て天皇大権の委任による。本条に命令を発令し、または、発令させるというのは、この両方の命令を兼ねて言い表している。
前条に掲げた緊急命令は、法律に代わる事が出来るが、本条に掲げる行政命令は法律の範囲内で処分し、又は、法律の欠けている部分を補充する事が出来るけれども、法律を変更し、及び憲法に特に掲げて法律を要するところの事件を既定する事は出来ない。行政命令は常に用いる物であり、緊急命令は変事に用いるものである。



帝国憲法第一条 大日本帝国は萬世一系の天皇之を統治す
(大日本帝国は、万世一系の天皇によって統治される。)

 謹んで思うには、神祖(神として祭られている先祖)が建国されて以来、時には盛衰が有りはしても、世の中に治乱が有りはしても、皇統一系の貴い位の盛んである事は、天地とともに有り終わりが無い。本条は憲法の最初に立国の大義を掲げて、我が日本帝国は一系の皇統とともに終始し、今も昔も永遠にあり、一があって二がなく常があって変がないことを示して、それによって君臣の関係を永遠に明らかにする。
統治は、大位(天皇の位)に就いて大権を統べ、国土と臣民を治めることである。古典には天祖の勅を挙げて、「瑞穂国(日本)は我が子孫が王となるべき地である。皇孫よ行って治めなさい」といわれた。また、神祖を称えて祭り始御国天皇(はつくにしらすすめらみこと)といわれた。日本武尊の言葉に「私は纏向(まきむく)の日代宮(ひしろのみや)で大八島国(おおやしまのくに)を知ろしめす(治めておられる)大帯日子淤斯呂和気天皇(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと)の御子」とある。文武天皇(もんむてんのう)即位の詔に「天皇の御子が次々に継いでこられた大八島国を治める順」といわれた。また、天下を調査し平穏にされ、公民に恵みを与え慰撫された代々の天皇は、皆、このことによって伝国の大訓とされ、その後の「御大八州天皇(おおやしましろしめすすめらみこと)」ということで、詔書の例式とされた。所謂「しらす」とは即ち統治の意味に他ならない。蓋し、歴代の天皇はその天職を重んじ、君主の徳は八州臣民を統治するためにあって、一人一家に享奉する私事では無いことを示された。これは、この憲法のよりどころであり、基礎とするところである。
倭が帝国の領域は、古に大八島というのは淡路島[即ち今の淡路]、秋津島[即ち本島]、伊予の二名島[即ち四国]、筑紫島[即ち九州]、壱岐島津島[津島、即ち対馬]、隠岐島佐渡島をいう事は、古典に記載されている。景行天皇が東の蝦夷を征伐し、西の熊襲を平定し国土が大いに定まった。推古天皇の時には百八十余の国造があり、延喜式に至り六十六国及び二島の区画を載せた。明治元年、陸奥出羽の二国を分けて七国にし、北海道に十一国を置く。ここにおいて全国合わせて八十四国とした。現在の国の境は、実に古の所謂大八島、延喜式の六十六国及び各島、並びに北海道沖縄諸島、及び小笠原諸島とする。蓋し、土地と人民とは国を成立させる根本であり、一定の国土は一定の我国を成り立たせ、そして、一定の憲章がその間で行われる事により、一国は一個人の如く、一国の国土は一個人の体躯の如くをもって統一完全な領域をなす。


今ほど占領憲法の無効を宣言し、日本の本当の正統憲法である帝国憲法が今も生きているのだ!と宣言すべき時はないはず。帝国憲法が生きているという原状回復をただちにおこない、天皇陛下の御詔勅を賜る以外に、この国難を億兆心を一にして乗り切る方法はない。

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