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2月22日は竹島の日=はらひしたまへより=

本日2月22日は島根県が制定された竹島の日 ですね。

一般的に「日本固有の領土」という言い方をしますが、いつまでさかのぼるのか?何をもって領土とするのか?という問題にもなりますので、「固有の領土」という言い方は逆に相手側の反論を許す事になる危険性があります。
基本的には、両国で締結した条約で領土を確定している地点での領土を主張するべきですね。

大東亜戦争後、日本の占領期に韓国が竹島の領有を主張した後サンフランシスコ講和条約の締結までの部分を南出喜久治先生の著書より引用いたします。
*一部かな等を変更しています。

〈引用〉
昭和二十七年一月十八日に韓国大統領李承晩が海洋主権宣言を行い、漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)を設定して竹島が韓国の支配下にあると一方的に宣言したことで始まった。
 韓国側は、これらを根拠とし、桑港条約(サンフランシスコ講和条約)には竹島を我が国が領有するとは明記していないことにより、竹島の領有権原(りょうゆうけんげん)が韓国にあるとする。

 しかし、GHQ『若干の外郭地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書』には、「この指令中のいかなる規定もポツダム宣言の第八条に述べられている諸諸島の最終的決定に関する連合国の政策を示すものと解釈されてはならない」とあり、「この認可は、関係地域またはその他どの地域に関しても、日本の管轄権、国際境界線または漁業権についての最終決定に関する連合国側の政策の表明ではない」とあって、これらの処分が最終的なものではないことが明記されている。現に、小笠原諸島や奄美諸島、琉球諸島もマッカーサー・ラインの外に置かれていたが、すべて我が国に返還されているのである。

(中略)

 そして、その趣旨に基づき、桑港条約第三条には、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定しているのみで、竹島は含まれていないとして、韓国政府はアメリカに対し、昭和二十六年七月十九日、ヤン・ユンチャ駐米大使を以て、日韓併合前から朝鮮の一部であった竹島に関するすべての権利を昭和二十年八月九日に放棄したことを確認すると書き換えるように要望する意見書を提出したが、アメリカは、最終的には、「ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、千九百五年ごろから日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。・・・」と回答してその要求を拒絶し、桑港条約の最終案が確定した。

 つまり、桑港条約第三条において、我が国が放棄した領域に竹島が含まれていないのは、以上の判断による連合国の「裁定」によるものであり、その後に韓国が「非平和的」手段を用いて不法に実効支配を開始し、現在までそれを継続しているとしても、我が政府が韓国政府に対し、竹島の領域主権を主張し続け、さらに、韓国による実効支配の態様がさらに強化されることに対しても抗議し続けている限り、竹島に対する韓国の領有権原が永久に形成されることはあり得ない。それは、千島全島と南樺太に対するソ連(共和制ロシア)の不法支配の継続と同じことである。



元の文章のリンクを貼らせていただきます。
國體護持総論 第4巻 はらひしたまへ 第一節不完全独立 竹島

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はらひしたまへ ~帝国憲法復原改正はらひしたまへ ~帝国憲法復原改正
(2012/09/08)
南出喜久治

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