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日本人よ!英霊の声に耳を澄ましてみよ。

政治活動を志す人には様々な理由があるはずだ。自らの既得権益を守ろうとする人から無私の心で純粋に祖国を守りたい人までいる。様々な理由から人は政治活動に関わる。だが、少なくとも、今の日本のままで良いと思う人が政治活動に関わることは稀であろう。今の日本のままで良いと言うのであれば、何も政治活動に関わる必要などなく、静かに暮らせば良いだけである。

私が政治活動に関わる理由は現在の日本人の体たらくに憤りを覚えるからである。諸外国に驚異を感じるから日本を守りたいというだけではない。(もちろん、これもあるが・・・。)はっきり言ってしまえば、今の日本人は、おそらく、日本史上極限まで落ちぶれてしまったと思われる。最低である。だからこそ、もう一度日本人を立て直し、諸外国の脅威に立ち向かう気概を取り戻す必要を感じる。だからこそ、私は多くの日本人を奮い立たせるために、政治活動を行っている。確かに、過去の美徳に満ちた遺訓により、かろうじて持ち堪えている感はある。しかし、これも時代とともに潰えるのではないかと危惧している。例えば、テレビには低俗な芸人や素人同然のコメンテーターが害悪を撒き散らし、これを喜んで観る国民がいる。そして、自分の目先のことしか考えられない日本人が出来あがる。

今の日本人は自己中心的である。スポーツを見ればよく分かる。試合に勝てば、ガッツポーズをして、相手を蔑む。自らの勝利に酔いしれるのである。敗者が目の前にいることを考慮に入れれば、このようなことは決してできないはずである。現在のスポーツのありかたは本来の日本人の美徳をかき乱し、欧米流の支配服従関係を植えつけるだけである。このように、悪しき芸能、スポーツ、娯楽は国民生活の隅々にまで浸透し、日本人を蝕み続けている。これは日本人を愚民化する洗脳工作である。ここから免れるためには、できる限り、くだらないテレビ番組は観ることをやめ、古典を読み思索に耽る方が良い。以下、洗脳工作に関連し、南出喜久治氏の次の文章を引用した。

《GHQは、「3R5D3S政策」を実施し、我が国の家族制度や教育制度などの社会基盤を解体させ、日本の国体を潰滅させることを目論んだ。この「3R5D3S政策」というのは、 Revenge(復讐)、Reform(改革)、Revival(復興)の「3R」、Disarmament(武裝解除)、Demilitarization(非軍事化)、Disindustrialization(非工業化)、Decentralization(権力分散)、Democratization(民主化)の「5D」、Sex(性解放)、Screen(映画、テレビ)、Sport(スポーツ、娯樂)の「3S」のことであり、特に、3S政策は、国防意識の低下、愛国心・祖国愛や国家国民の一体感を喪失させるために、欲望と頽廃の娯楽に大衆を動員して感化させ、政治的無関心を増幅させる愚民政策であった。独立後の今もなお、慣性の法則によってその動きは止まらない。むしろ、欲望と頽廃の傾向は一段と加速されている状況にある。

パンとサーカス(panem et circenses)という言葉は、詩人ユウェナリスが古代ローマ社会の世相を揶揄した表現であり、権力者から無償で与えられるパン(食料)とサーカス(娯楽、見世物)によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘したものである。この手法は愚民化を促進させるもので、これをさらに徹底させたのがGHQによる占領政策であった。アメリカは余剰食料を提供し続けて我が国の食料自給率を低下させ、低俗な娯楽番組や思考停止を来すスポーツ番組などのテレビ放送や、扇情的で猟奇的な多くの低俗娯楽に馴致した大衆を生み出した。まさに釜中の魚の如く、「外面似菩薩、内心如夜叉」ともいうべきGHQの占領政策によって、祖国の民度は著しく低下して衆愚政治に陥ったのである。

また、一方では、臣民に向けて、プレスコードと日本新聞協会などによる情報操作を行い、神道指令や教育指令などによる思想言論統制によって衆愚政策を推進させ、「民主化」を渇望していた臣民に解放軍であるとの幻想を抱かせた。そして他方では、特定の思想と職業などによる差別と排除を公然と行う公職追放を断行し、それによって実現した実質的な制限選挙制度によってGHQに迎合する議員と官僚のみを当選させ、あるいは登用し、さらに、同時進行的に、東京裁判による戦犯の処断を断行した。そうすれば、占領政策に反対し異議を唱えることよって不利益な処分や待遇を余儀なくされるとの恐怖感を植え付けて、臣民全体に萎縮效果を与える。特に、占領憲法の制定手続と東京裁判の訴訟手続とが同時進行することによって、その効果は倍加した。そして、マッカーサーが、解任されて帰国した後の昭和二十六年五月五日の米上院聴聞会で「日本人の成熟度は十二歳、勝者にへつらう傾向」があると評価したとおり、マッカーサーの離日するときの羽田空港では涙を流して万歳三唱をして別れを惜しむ多くの盲しひたる民が世に踊り、衆参両議院が挙ってマッカーサーへの感謝決議をしたように、「愚蒙の民」と「阿諛の輩」で国内を埋め尽くすことに成功した。これが成功したのは、占領初期に直ちに敢行された強権政治によるものであり、占領統治や占領憲法に携わる政府関係者には徹底した強要によって占領政策を敢行したことによる。》

【引用箇所】
南出喜久治著 『かへるうぶすな』
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