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自民党を問う ― 「戦後似非保守から脱却」

今回の衆議院選挙で自民党が大勝した。自民党は294議席、腰巾着の公明党は31議席を獲得した。一方、民主党は57議席と大幅に議席数を減らした。民主党はこれまでの政権運営において政治主導を見事に履き違え、官僚の足を引っ張り続け、公約のほとんどを実現できなかったことに加え、外国人参政権や人権擁護法案など我が国にとって有害な法案を準備していたことに対して国民が危機感を募らせたことが今回の敗因であろう。結果として、自公が併せて320議席以上を獲得し、衆議院における3分の2を超えることになった。しかし、この自民の勝利は積極的な意味での国民の支持ではないはずだ。投票率の低さに加え、かなり多くの有権者が消去法で投票先を選択せざるを得ず、やむなく自民党に入れたという程度のものである。小選挙区制特有の振り子が今度は大きく自民党に振れたに過ぎない。民意と議席数がこれほど乖離する小選挙区制には疑問を感じる。

ところで、3分の2の議席と言えば、占領憲法第96条の改正条項のハードルをクリアすることになる。つまり、憲法改正が可能な議席数なのである。公明党がこれに賛成する可能性は低いが、54議席を獲得した日本維新の会や18議席に躍進したみんなの党がこれに賛成する可能性がある。もちろん、憲法改正には国民投票をはじめ様々な要件をクリアしなければならず、おそらく実現しないと思われるが、その可能性が高まったことは否定できない。

私はこれまで散々主張してきたが、憲法改正とは無効である占領憲法を改正してまで用いるという、我が国の国体に背く行為なのである。従って、これを目指す自民党の安倍総裁は、憲法改正により何故「戦後レジームからの脱却」が可能となるのか、その理由を説明してもらいたい。憲法改正とは「戦後レジーム」の温存なのである。そもそも「戦後レジーム」とは「基本的人権」「戦争放棄」「国民主権」により、我が国の我が国たる所以である伝統規範を否定する体制である。にもかかわらず、自民党の「憲法改正草案」の前文には次のような文言がある。引用する。

≪日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。 ≫(自民党 日本国憲法改正草案)

以上、自民党の憲法改正草案を引用したが、主として、次の点に着目してもらいたい。①象徴である天皇 ②国民主権の下 ③基本的人権。これらの基本理念はまさに「戦後レジーム」の申し子である。これらをそのまま維持しているのである。以上のことを念頭においていただいて、以下の南出喜久治氏の文章を読んで頂きたい。一部を抜粋した。

≪祖国再生のための運動をしていると自称する者が、何かしらの「みのそぶり」(発言と運動)をすることがあっても、その基軸となる「こゝろのおきて」(心構え)が何なのかが全く判らない者が余りにも多い。そこで、ここでは、一人でもできる自己診断表(マーク・シート)というか、臣民度テストを示してみたい。

そもそも、祖国再生と言っても、その捉え方が一様でない。その理由は、戦後の状況が、大東亜戦争敗戦後の連合国体制の東西冷戦構造という二つの複合的な世界構造によって、様々な問題状況が生まれてしまったが、東西冷戦構造が局地的には崩壊したが、東西冷戦構造によって封印されてきた宗教問題と民族問題などが火を噴くこととなり、さらに一層複雑な世界構造が生まれているからである。

思いつくままに、国内問題だけに限って順不同でキーワードを列挙するとすれば、天皇と皇室、占領憲法、占領典範、閣僚の靖国参拝、移民受入、在留資格、帰化要件、国籍要件、外国人地方参政権、謝罪決議、村山談話、河野談話、教科書問題、拉致問題、民族教育、裁判員制度、地方分権、消費者保護、食料自給、金融ビッグバン、金融保険制度、労働者派遣、派遣業、解雇制度、終身雇用制、年功序列賃金、能力給制、老人福祉、介護制度、保険制度、年金制度、児童相談所の権限、暴対法、国防、自衛隊、男女共同参画社会、人権擁護法案、分業化、核家族、税制、日教組・全教、一神教、祭祀、理性論(合理主義)、社会契約説、ルソー主義、個人主義、現代人権論、天皇主権、国民主権、象徴天皇制(傀儡天皇制)、君が代、日の丸、元号、皇紀、西暦、太陰太陽暦、グリゴリオ暦、数え年、満年齢、正統仮名遣いと占領仮名遣い、文化、伝統、國體など枚挙に暇がないが、これらを否定、制限、縮小、消滅の方向を目指すか(マイナス方向)か、肯定、緩和、拡大、拡散の方向を目指すか(プラス方向)か、あるいは現状維持か、ということについて、一つずつ判断したとしても、その判断基準が何なのかについて明確な基準を示さなければ回答に到達できないのである。

そこで、本来であれば、伝統保守とは何か、という明確な基準を示して、これらのキーワードについて判断しなければならないのに、誰もその基準を示すことができないのである。それでは、基軸(こゝろ)が定まらないことになり、当然に運動(そぶり)が美しくなるはずがない。前書きはこの程度にして、では、その明確な基軸を示すことにする。それは、四つある。実質はこれらは統合的に一つであるが、便宜的に四つに分解して示すことにする。

第一の基軸は、「本能論」である。これの対極にあるのが「理性論(合理主義)」である。第二の基軸は、「家族主義」である。これの対極にあるのが「個人主義」である。第三の基軸は、「祭祀」である。これの対極にあるのが「宗教」である。そして、第四の基軸は、「國體論」である。これの対極にあるのが「主権論」である。

この「本能」、「家族」、「祭祀」、「國體」の四つは、國體の雛形として統合的に一つとなるものであって、國體とは、國家の本能であると定義される。これらの説明は、拙著『國體護持總論』(近刊)の第一巻(くにからのみち)と第六巻(まほらまと)に詳しく述べているので、ここでは長くなるので省略するが、この四つをすべて肯定することを基軸とする者が「真正保守」であり、これらを全て否定し、さらに、その対極となる「理性」、「個人」、「宗教」、「主権」を肯定するのか「真正売国奴」ということになる。

そして、真正保守の基軸となる四つ(本能、家族、祭祀、國體)のうち、一つないし三つしか肯定できない部類に該当するのが「保守風味」の反日思想ということになる。もし、真正保守であれば、例外なく真正護憲論(新無効論)となる。これには一つの例外もない。それゆえ、占領憲法を憲法として有効であるとする者は、真正保守の必須とされる四つの基軸のいずれか一つ以上が欠落している者であり、これにもう一つの例外はない。だからこそ「保守風味の反日」なのである。これらの者は、自分が反日であることを自覚し、あるいはその予感を抱いている者たちである。そのために、必死になって、我こそが保守であって、それを批判する真正保守の言動を論理性のない口汚い中傷をまき散らして狼狽へながら批判するのである。だから、このような者が一番始末に負えないのである。

                      (中略)

その保守風味の反日勢力は、口では「尊皇」を唱へながら、象徴天皇制などと浮かれて占領憲法と占領典範を賞賛したり、これらを有効であるとして僅かながらの改正を主張する改憲論者であって、GHQの洗腦が未だに解かれない付和雷同のお調子者であり、無自覚な売国奴に過ぎない。というよりも、これらの者は、明らかに売国的な病気に犯されている。その病名は、「右翼認知症」という。

この右翼認知症の患者たちに共通するのは、記憶力、記銘力、思考力、判断力などに著しい障害があることである。占領時代に起こった事実とその恥辱を忘れ、経済的に豊かであることが幸福であると思い込み、民族としての志を失うことを屈辱と感じないのである。具体的に云うと、次の十一項目の症状のうち、該当すればするほどその症状は重症である。

① 歴史についての蘊蓄を自慢げに語り、特に、東京裁判史観に対する憤りを抱き、近現代史の歴史的事実に関してのみ異常なまでの知的好奇心を持っている。
② GHQ占領期に起こった事実を知識としてはある程度持っているが、それに対する強い憤りがなく、この時代のことは仕方がなかったことと諦めている。
③ GHQ占領期の事実について愚痴をこぼし、戦後レジームからの脱却などと勇ましく騒き、占領憲法に対して散々ケチをつけるにもかかわらず、占領憲法と占領典範は有効であり、改憲論しか主張しない。
④ 戦後体制を批判するたけで、将来において祖国がどうあるべきかについての何ら具体的な理念や方策が判らないので示せない。
⑤ 占領憲法第九条を改正さえすれば祖国が再生できると信じている。軍事防衛だけで祖国防衛ができると信じている。
⑥ 占領憲法の改正が、自分たちの願っていない方向になることの危険性を感じていない。
⑦ 占領憲法の象徴天皇制と国民主権は正しく、かつ、すばらしいので、これらは守るべきものであると信じている。
⑧ 占領典範が皇室弾圧法であることに気づいていない。
⑨ 帝國憲法護憲論(真正護憲論、新無効論)が正しいとは知りながら、これまで改正論の運動や人脈を維持してきたことから、その腐れ縁が断ち切れずに、ダラダラと改正論を主張して運動している。
⑩ 改正論が真正売国奴の見解であることに気づいていない。
⑪ スローガンとして國體護持を叫びながら、國體の意味も内容も知らないし全く説明できない。
いかがであろうか。以上の十一項目のうち、三つ以上に該当すると右翼認知症であると診断できる。その場合は、基軸(こゝろ)を正しく治すまで運動(そぶり)を自重される必要があるので、その自己診断結果と自覚症状をよく参考にして自己を見つめ直していただきたいものである。≫

引用:南出喜久治著 「基軸と運動(こころとそぶり)の臣民度テスト」
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No title

私は所謂左派と呼ばれる人間ですが、憲法改正への懸念は右派の方々にも少なからず居るという事を知って若干ですが安堵しました。

ただ「実際には難しいだろうが」とか「実現には至らないだろうが」というような事を言う人が多くて、ちょっと楽観じゃないかなと思うのですよね。
これには私が悲観的過ぎるという側面があるのは認めるのですが、実際に世論はマスコミに簡単に誘導されてしまう事は良く解っていることですし、エントリの中でも触れられているように維新の会のような連中も居る訳ですから。

みんなの党は某ラジオ局で党首が96条改正にやる気満々でしたから、今のままで行けば全面協力は間違いないでしょう。

これは下手すると国家存亡に関わる事でもあるので、右左という壁は取っ払って危険を訴えていきたいものです。

No title

コメント有難うございます。

まさか、左派の方からコメントを戴けるとは思っておりませんでした。嬉しい限りです。

私も正直申しまして、左派とか右派とかいう分類があまり好きではありません。どんな方でも、私たちの考え方に共鳴していただければ、大歓迎です。

そもそも、左派、右派という分け方に関係なく、人は国を想ったり、故郷を想ったりするものです。国家でなくとも自分の故郷を想う心があれば、外国人にも同様の想いがあることに気づくはずです。私たち真正保守は、決して排他的にならず、世界平和に繋がることを常に考え続けています。

この度のコメントは憲法改正についてですが、私たちは憲法改正には反対しているものの、いわゆる護憲派ではありません。日本国憲法の無効と帝国憲法の復元を主張しています。

一般的な戦後保守は私たちからすれば、何ら国益を考えておりません。彼らは9条を改正し、日本が戦争をできる強い国になれば、国益が護れると考えています。私たちは武装は必要だという認識です。しかし、その前に戦争に至らないようにするためにはどうするのか、に重点を置きます。その具体策は南出喜久治著の『まほらまと』が参考になります。ぜひ、ご一読ください。今の一般的な保守に抜け落ちている視点で書かれています。

私たちは、なかなか、左派の方にはご理解いただけないかも分かりませんが、日本が本当の姿を取り戻せば、必ず、世界平和に貢献できるものと考える次第です。
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