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「皇室制度」パブリックコメントに関して

ツイッターで知った情報であるが、政府が行っている「皇室制度」を問うパブリックコメントの中間結果において、女性宮家の賛成が2000件、反対が500件ということになっているらしい(12月10日現在)。これを受け、女性宮家に反対票を投じるようネット上で呼びかけが行われている(すでに終了した)。もちろん、女性宮家などまともな日本人であれば反対に決まっている。

皇位継承問題という我が国の根幹に関わる問題をめぐって「パブリックコメント」などと称して意見を募ることなど、もってのほかのことであり、ご皇室に対してあまりにも不敬なことである。「パブリックコメント」で皇室について意見を募るなど、普通の日本人であれば、本当に申し訳ないと思うはずである。「皇室制度」を公けに問うことなど謹まなければならない。即座に「パブリックコメント」を中止にし、その結果を破棄した上で、まずはご皇室に対して不敬をお詫びするよりほかはない。「女性宮家に賛成2000件、反対500件」などという結果は、どうでもよいことである。ツイッターにおける女性宮家への反対運動は、即座にパブリックコメントそのものへの「中止運動」と「コメント結果の破棄運動」へと転換すべきである。

そもそもこのような問題が生じる根源はどこにあるのか。現行の皇室典範(占領典範)はGHQにより威圧的に押し付けられた「皇室弾圧法」であり、もちろん、占領憲法と同じく無効である。特に、GHQは明治に成文化された「皇室典範(正統典範)」と同名の「皇室典範(占領典範)」を押し付けた。このような名称偽装は、GHQが我が国の根幹部分に触手を伸ばしたことを隠蔽するためである。さらに、正統典範は典範であるため憲法典と並ぶ最高規範であったのだが、現行の占領典範は一般法レベルにまで格下げされている。言い換えれば、国民主権を謳う占領憲法よりも下位に位置づけられているのである。結果、このような事態に気付かない国民がご皇室に対してあれこれと口出しをする始末となった。ご皇室の運命は国民の手に握られているということである。不敬の極みである。

元来、皇室典範とはご皇室の家法である。国民の間でも、他人の家の家法に口出しすることなどは不謹慎な話である。にもかかわらず、ことご皇室となると、国民が口出ししているのである。これは非常に由々しき問題であり、ご皇室の自治と自律が損なわれていることを意味する。一国民が「男系」「女系」「女性宮家」などということを平気で口走り、議論することなど、本来慎むべきことである。今回のパブリックコメントは不敬に気付かない保守層の怠慢が許した出来事と言っても過言ではないだろう。

よって、即座に占領憲法と同様に占領典範の無効宣言もしなくてはならない。こういった当たり前のことを怠り、「女性宮家に反対を投じろ」などと言っても始まらない。ご皇室の制度にかかわる議論そのものを封じ込めなくてはならないのである。それを可能とするには占領憲法と占領典範の無効宣言以外にあり得るだろうか。憲法改正など到底正統典範の復元にまで考えが及ばない。自民党の憲法草案は国民主権論である。つまり、ご皇室に不敬なままである。以下、この問題に関する南出喜久治氏の考えを引用した。しっかり、読んでもらいたい。

≪占領典範は、皇室の自治権、自律権を侵害して全面的に否定するものであって、規範国体に牴触するものであるから無効である。

 祖先から代々に亘って家の名跡を承継することは、古来からの国体規範である。「名跡」のうち、「名」とは、家名、家業、家産などの物質的なものであり、「跡」とは、家訓、家法、家学、家風などの文化的、精神的なものである。「国」は「家」のフラクタル相似象であることから「国家」というのであって、家の制度は、国家の基軸である。また、私家(臣と民の家)は皇家(皇室)の相似象であるから、皇家の家法は、国家の真柱である。
 その真柱の皇家に自治と自律がないことは、国家に自治と自律がないこと、すなわち独立を失うことの相似象である。中心の空洞化は、全体の虚無性をもたらすのである。

 明治以降に成文法整備がなされた際、古代ローマ法などの制度を借用受継した系譜においても、「法は家庭に入らず」という法諺(法律格言)で顕された法理があり、これは我が国の規範国体と一致するために受け入れられた。これは、家族内のことは、国法と矛盾しない限度において自治と自律を認め、法が立ち入らないとする法理であり、公法である『刑法』においても、親族間の犯罪では刑の免除を行ふなどの親族相盗例(第二百四十四条など)が規定されているのである。

 このように、家(家庭、家族)が国家との関係で自治と自律が認められるのは、国家が国際社会(組織)において独立を認められることと相似するからである。

 占領典範は、歴史的に考察すれば、前に指摘したとおり、徳川幕府による皇室不敬の元凶である『禁中並公家諸法度』と同じ性質のものである。つまり、占領典範とは、現代版の『禁中並公家諸法度』ないしは『禁裏御所御定八箇条』とも言うべき皇室弾圧法である。

 明治典範では、諮詢機関として「皇族会議」があり、「成年以上ノ皇族男子ヲ以テ組織」されているが(第五十五条)、占領典範では、皇族会議を廃止して皇家の自治と自律を奪った上、決議機関として「皇室会議」を設置している。そして、その「議員は、皇族二人、衆議院及び参議院の議長及び副議長、内閣総理大臣、宮内庁の長並びに最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官一人」の十人(第二十八条)とし、皇族議員は十人中二人に過ぎない。これによって皇室から自治と自律を奪う内容となっているのである。これは「皇室会議」ではなく、「皇室統制会議」なのである。

 従って、このような規範国体に含まれる皇家の自治と自律を否定した占領典範は無効なのである。≫

引用箇所:南出喜久治著『とこしへのみよ』
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