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真正護憲論の概説=真正護憲論の有用性-2/2

真正護憲論の概説=真正護憲論の有用性-1/2

 2 緊急時における即応性

 占領憲法が憲法であれば、自衛隊は違憲の存在です。そして、交戦権が認められないので、仮に、自衛権が認められたとしても、交戦権を行使する自衛戦争は認められないのです。外敵が攻めてきても、自衛隊は、軍隊としての戦闘行為ではなく、警察力と同じような正当防衛攻撃しかできません。戦時国際法の適用がないことになり、自衛官は捕虜となる資格すらなく、直ちに処刑されても仕方がありません。そして、領土の一部か不法に占拠されたときは奪還する戦争をすることができません。急迫不正の侵害状態において認められる正当防衛の範囲を超えるからです。つまり、占領憲法では、北方領土や竹島のように、手も足も出せないのです。個別的自衛権とか集団的自衛権とかの議論はまやかしにで、自衛権の正体は、張り子の虎なのです。
 ところが、真正護憲論では、占領憲法は講和条約ですから、後に締結されたサンフランシスコ講和条約によって、自衛権が認められ、自衛のための軍隊の保持が認められましたので、占領憲法第9条第2項(戦力不保持、交戦権否認)は廃止されました。これは、前の法令は後の同格の法令によって改廃されるとする「後法優位の原則」に基づくものです。ですから、自衛隊は、小泉元首相が言うように「軍隊」であり、帝国憲法下の軍隊として、世界各国と同様の権限と責務を持っていることになります。つまり、占領憲法に拘束されることなく、自衛戦争のみならず、奪われた領土を奪還する戦争を行う権限があるのです。
 いま、占領憲法を憲法であるとして、これを改正しようとする改正論がありますが、外国が侵略してきた緊急時であっても、手も足も出せずに、ひたすら改正手続をするのでしょうか。「泥縄式」という言葉がありますが、泥棒が入って占拠されても、縄をなうこともできず、縄をなう方法を議論することしかできないのです。これでは政治的には全く無力であり、亡国の道へと転落します。
 そのときに、超法規的措置とか、占領憲法を強引に解釈改憲して軍事行動することになると、立憲主義が否定され、国際的にも信用を失います。戦時法体系の整備がされていないままですから、戦闘継続が不可能となり、壊滅的な打撃を受ける可能性が高いのです。近隣諸国に、我が国が戦時法体系を整備するまで領土への攻撃を控えてくれることを期待することはできません。一刻を争うことですから、真正護憲論によって直ちに復元改正をなし、帝国憲法の立憲主義に則った権限と制約に基づいて対処しなければならないのです。
 つまり、緊急時では、占領憲法の改正論では立憲的な即応性が全くないのに対して、真正護憲論は、帝国憲法に基づく立憲的な即応性があるという顕著な違いがあります。真の政治家であれば、この緊急性と現実性に目覚めて行動するはずです。一億総評論家では祖国の防衛と再生は実現できないのです。
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