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保守の新たな潮流  占領憲法「破棄」 ― 「復元改正」へ向けて―

 占領憲法が憲法としては無効であるという憲法観が確実に保守陣営の共通認識となりつつある。これまで、保守=憲法改正であったことを考えると、時代の変化を痛感させられる。確かに、政治家や言論人が声高に「占領憲法は無効だ」と叫ぶようになり、帝国憲法の「復元改正」が世間一般の標準的な憲法観となるには、まだ少々時間を要するかもしれない。しかし、すでに、真正護憲論が世間一般に受け入れられる気配が十分に感じられる。なぜなら、占領憲法の「破棄」という言葉がすでにマスコミ、雑誌にも広まりつつあるからだ。

 10月7日、読売テレビで放送された「たかじんのそこまで言って委員会」において、パネラーとして登場していた勝谷誠彦氏と金美齢氏は、安倍晋三自民党総裁を迎えた憲法談議の中で、「本当は憲法を破棄宣言したい」と発言していた。また、民主党の長尾敬衆議院議員、向山好一衆議院議員、福島伸享衆議院議員らによる雑誌「Will」(10月号)での対談では、福島議員が「自民党が本当に保守で戦後レジームを転換しなければならないと本気で考えるなら、まずすべきは戦後憲法の破棄なんです」と述べたことに対して、残る二人は「そう、破棄ですよ」(長尾)、「改正ではなく、破棄すべきです」(向山)と応えている。

 厳密な法律用語に従えば、「無効」と「破棄」という用語は随分と意味が異なるらしい。しかし、上に挙げた言論人や政治家の認識において、「GHQ製占領憲法」を改正するなどということは邪道に他ならず、「(改正ではなく)占領憲法を破棄してしまえ!!」という認識が芽生えたことは、真正護憲論を主張する我々の認識に近づいたことを意味する。好意的に受け止めたい。もちろん、帝国憲法の「復元改正」が筋である。しかし、これまで占領憲法の改正に固執してきた保守陣営がついに改心し、改憲論を脱却し始めたことは注目に値する。

 ところが、安倍晋三氏は残念ながら未だに憲法改正という主張を繰り返している。いやそれどころか、安倍氏は憲法無効論には否定的なのである。少し前にさかのぼるが、平成18年10月18日の党首討論の際、当時総理大臣であった安倍氏は、憲法無効論者である小沢一郎の憲法に関する質問に次のように答えた。下記の「立法と調査」(2007.8.)の報告にその発言内容が要約されている。引用する。


≪2.討議の概要(1) 平成18 年10 月18 日の討議
この日の討議は、小沢民主党代表と安倍新総理とによる初の論戦となり、憲法及び安全保障について議論が行われた。
ア 憲法改正を目指す理由
小沢代表は憲法改正についての総理の考えを尋ねるとして、改正を目指す最大の理由は何かという質問を行った。これに対し、安倍総理はその理由として、①現行憲法の制定過程が占領軍の影響下に行われたため、②制定されてから長期間が経過したため、③国の形を私たち自身で議論し、書き上げていくことが新しい時代を切り開いていく精神につながっていくため、と3点を挙げた。この見解に対し小沢代表が、3点の理由の中で、憲法改正に固有の理由と思われる①の考え方を推し進めると、現行憲法は無効という考え方になるのではないかと指摘したところ、安倍総理は、現行憲法の下で今日まで歩んできたのであり、その憲法が無効だという議論は意味がないのではないかと答えた。また、先日発表した自民党の憲法改正案にも、現行憲法が持っている主権在民、自由と民主主義等の普遍的な価値が書き込まれており、現実的な視点からは、国民投票法案について議論をしていただきたいとした。≫


安倍氏は今回もまた総裁に選ばれたことで自民党の顔となったが、そもそも、彼は1955年(55年体制)に自民党の初代幹事長となった岸信介の孫でもあることから、自民党という組織が骨の髄にまで染みこんでいる政治家である。従って、自民党の憲法観を継承していても善さげである。いや、むしろ自民党の憲法観を継承していなければならない立場である。では、そもそも自民党の憲法観とは一体どのようなものなのか。憲法改正一辺倒なのか。実は違う。昭和44年、岡山県奈義町における「大日本帝国憲法復元決議」において次のような記述がある。


≪五月二日東京都九段、日本武道館に於いて、自由民主党憲法調査会主催『約二万人入場』で『自主憲法制定国民大会』が開かれ、現憲法を廃棄し自主憲法制定の宣言、決議が行なわれたが、この席には自民党憲法調査会長稲葉修、大村襄治代議士を始め、自民党より百三十名の国会議員の参加があり、全国に一大国民運動を展開する決議となった。≫


このように、自民党には占領憲法の「破棄」を決議した歴史的事実が残っているのである。この決議では無効宣言は行われておらず、「自主憲法制定」とあることから、残念ながら真正護憲論の立場からすると十分とは言えない。しかし、ここには「現憲法を破棄」するという表現が見られることから、占領憲法の「無効」が前提になっているとも考えられる。このような認識が当時の自民党にはあったのだ!! ところが、安倍氏は事あるごとに「憲法改正」というお題目を唱え続けている。安倍氏も早く占領憲法が「無効」であることを認識してもらいたい。いや、「破棄」でもよいから、「憲法改正」はいち早く止めてもらいたい。自民党継承者の正統な憲法観である「破棄」でもよいから、彼の口から一度聞いてみたい。

もちろん、國體護持塾は真正護憲論を掲げる政治団体であり、占領憲法の「無効宣言」と帝国憲法の「復元改正」を訴え続けている。これこそが祖国再生の王道である。しかし、王道に至るまでにはいくつかの認識の変遷があり、最終的に「帝国憲法の復元改正」に至るのである。その一つの段階が「破棄」という言葉に表れている。南出喜久治氏によれば、「破棄」とは「私法の領域でいふ『取消』と似たところがある」が、この用語は「法律用語として一義的な厳密さはなく、占領憲法が『無効』であるから、これを形式上も排除する趣旨で『破棄』するという用語例もありうるから、これは法律用語というよりも日常用語ないしは政治用語であって、厳格な定義を求められる『効力論』の領域にこの不明確な概念である『破棄』の概念を持ち込むことは妥当ではない」とある。つまり、「破棄」という言葉は憲法の効力論において用いるには妥当ではないが、日常語、政治用語的に占領憲法を「破棄」するという程度の意味では使われる。

 だとすると、現在、広まりつつある「破棄」という表現は「無効」と混同して用いられている可能性が高い。もしくは、やはり「無効」を前提としている「破棄」だと思われる。専門用語の微妙なニュアンスは専門家に任せるとして、占領憲法を温存させてそれを改正しよう、という道筋が今完全に途絶えようとしている。「破棄」という言葉がそれを表している。これが時代の潮流になった。護憲VS改憲論の構図は懐かしい冷戦構造が残した遺物のようなものである。使い物にならないのである。「復元改正」まであと一歩だ。

【参考資料】
・「Will」(2012年10月号)
・「憲法と調査」(2007年8月) 
・岡山県奈義町「大日本帝国憲法復元決議」(昭和44年)
・南出喜久治『とこしへのみよ』(平成23年)
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