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-占領典憲パラダイムの転換を求めて-11/11【「決定版・憲法無効論は破綻した論理」について】

 これは、問答形式なので、その真意が定かでない点が多い。こんな形式ではなく、論文式で述べてもらいたいものである。「決定版」とするからには、誤魔化しした手法や表現方法を採るべきではない。

 この文書では、「國體」の存在を認めているようではあるが、少なくとも憲法典を越える上位規範としての國體(規範國體)ではなく、事実としての國體(文化國體)を認めるだけである。
 そして、「憲法典の上位に位置する規範はない」とするようであるが、このことは、前に述べたとおり証明されていない。それどころか、証明することに完全に失敗しているのである。
 近代法学が成文法主義に依拠するのであれば、「憲法典の上位に位置する規範はない」とする成文法はないのである。また、このような近代法学について「近代法学に反する法学は認めない」とする成文法もないのである。近代法学なるものが唯一絶対の法学であることを証明してもらいたものである。

 私は、占領憲法には憲法適格がなく憲法としては無効で講和条約であると主張しているのであって、帝国憲法と占領憲法の関係は、「前の憲法」と「新しい憲法」という関係にはない。谷田川氏は、議論の前提を間違っている。
 ましてや、革命国家の憲法論を占領憲法の効力論として述べるということは、占領憲法を「革命憲法」であると認めることになり、実質的、結論的には革命説を主張していることになる。しかし、後の論述で、帝国憲法の改正が占領憲法であるとして法的連続性を認めているのであるから、この点において矛盾破綻している。

 次に、「法の効力論」について、占領憲法には、妥当性と実効性があるとするが、妥当性も実効性もないことはこれまで述べてきたとおりである。占領憲法の核心部分である第九条の実効性は、約三年しか持たなかったからである。また、帝国憲法には、その現存を証明しうる実効性(講和独立)がある。占領憲法の妥当性、実効性は、講和条約の限度で認められるのであって、憲法としてのそれではない。

 法の効力について、私が尾高朝雄氏の見解を引用したことについて、尾高氏の学説を理解していないなどとの批判をする言説が過去にもあったが、見当違いも甚だしい。尾高氏がノモス主権論を唱え、これが國體主権論のヒントとなったことから引用しただけであって、相原良一先生が尾高氏の見解を引用されたことを踏襲したまでである。尾高氏は、妥当性と実効性について、一般的な定義をしているのであって、何も特殊な見解を述べてはいないのである。

 「憲法を無効とするタイミングは・・・独立回復した直後であれば可能性はあっただろう。」とする主張は、真正護憲論を否定していることと矛盾する。政治論なのか法理論なのか判別できない主張である。

 「もはや占領軍がつくった憲法を持ち続けなければならないのですか?・・・それはおかしい。」というのも、真正護憲論とは無縁の議論である。これも法理論から掛け離れたものである。

「日本国憲法は帝国憲法の改正の限界を超えているのではないでしょうか?・・・私はどちらかといえば、憲法といえども形態は法律である以上、改正内容に限界はないという無限界説の立場をとる」とするが、後の論述で「国体」を述べているために、国体変更を許容する無限界説なのか否か、その立場が明確でない。

 谷田川氏は、「憲法典の上には憲法はない」としながら、「戦前戦後に国体が存続した」、「国体というのは、天皇と国民の相互信頼関係が原則なんだ。その点でも現行憲法は国体に反していない。」、「現行憲法が国家としての憲法であれば、革命が起こった、すなわち国体が変更した、と考えるのが、憲法無効論と左翼憲法学なんです。」と述べている。これは、國體に規範性を認める立場なのか否かが判らない。規範としての國體を認めるのであれば、「憲法典の上には憲法はない」とすることと矛盾するのである。
 ちなみに、真正護憲論は、占領憲法を憲法としては認めていないので、「現行憲法が国家としての憲法であれば、革命が起こった、すなわち国体が変更した、と考えるのが、憲法無効論と左翼憲法学なんです。」というのは、真正護憲論を全く理解していないことを暴露したことになるのである。

 「現行憲法第1条は、国民主権条項であるから、限界を超えたと考えることもできると思いますが。・・・」として、国民主権を肯定している。そして、国民主権の概念を曖昧にして誤魔化している。
 天皇の地位は、主権の存する国民の総意に基づくということは、前述のとおり、英文憲法では「the will of the people」であって、「人民の意志」とあり、日本国民とは限らない人民の過半数による意志(一般意志)が天皇に対する生殺与奪の権を持っているということを肯定することになる。

 「国会議員の三分の二ということは、つまり国民のおよそ三分の二が天皇の存在に反対しているというのは、その時点で、もはやそれは国体ではないよ。」として、國體は、人民の意志によって左右され変更することができることを認めるようである。これは、そもそも國體概念と掛け離れている。國體の定義が不明である。

 「真正護憲論」と「左翼憲法学」とが、「似ているも何も、結論だけが違うだけで、ほとんど同じだよ。」とすることも意味不明である。

 「現行憲法は帝国憲法と連続している」としながら、帝国憲法に違反しても占領憲法は有効であるとすることは、結局のところ革命論に立脚していることになる。

 交戦権と自衛権に関して、「ケーディスですら、個別自衛権は国家としての自然権だといい、マッカーサー原案に修正を加えたし、その後の芦田修生などによる立法過程において終わっている話だ。」というのは、何の意味か解らない。これは、「交戦権なき自衛権」の議論を避けている。そして、「事後法により日本が永久に講和条約を結べないなどということは法理論としてはありえない素人の議論なんだ。相手国は日本の国内事情によって、永久に日本と戦争状態を続けなければならないというのか。馬鹿げた話だよ。」とするが、一部講和は、一部の国とは講和し、残りの国とは講和しない(戦争継続)である交戦権行使による国家意志であることを見落としている。

 「帝国憲法75条」を類推適用できないとするが、そんな根拠はない。類推解釈が禁止される刑法の罪刑法定主義とは全く視点の異なる問題である。これほど法学の基礎知識が欠落した主張も珍しい。

 「天皇の意志主義に反する」というのは、帝国憲法第七十五条のみならず、第七十三条の問題である。非独立の完全軍事占領下で自由意志があるとする方が異常な考えである。
 昭和天皇は、昭和五十六年四月十七日の記者会見や独白録において、自ら決断したのは、二・二六事件のときと、大東亜戦争の終結のときの二回だけであつたと述べられている。つまり、帝国憲法改正発議、占領憲法の公布は、自ら決断したことでないことを述べられているのである。

 「皇室典範を皇室にお返しするべきでは、という意見がありますが。・・・それは憲法無効論とは関係のない話だよ。」とするのは、全く真正護憲論を知らないことを自白していることになる。

 「皇族会議と枢密院を復活させれば、枢密顧問になるのは、民主党の各大臣や首相経験者などとなろう。」とするが、皇室会議は直ぐに復活できても、枢密院(正確には枢密顧問)は機関欠損のまま皇室の自治と自律によって運営されることになる。

 「影響力を持つのは野田総理、菅直人、鳩山由紀夫、麻生太郎、安部晋三、福田康夫、小泉純一郎などになるだろうか。」というのは、荒唐無稽の話である。仮に、こんな者らに天皇が諮詢されても、あくまでも諮詢にすぎず、その諮詢の内容に拘束されることはなく、このことに翻弄されて皇室の伝統を破壊した女系天皇や女性宮家を認められることはあり得ない。そんな心配をするのは、皇室には自治と自律の能力がない無能者であると決めつけていることになり、不敬の極みである。「問題は制度ではなく、それを行う人間であるということだよ。」というのは、天皇や皇族に自治と任せるのは信用できないと言っているようなものである。

 「憲法改正は国会議員の三分の二という非常に高いハードルとなっています。憲法無効確認は過半数で可能と考えられていますが、その方が手続き論としてもやりやすいのではないかという見解もあります。・・・」という部分は、政治論であって、法理論ではない。
改正論が多いとしも、呉越同舟で纏まるはずがない。

 「彼らが現行憲法は講和条約というが、参議院は明らかに矛盾しているね。」という意味が解らない。帝国憲法下の機関である貴族院と占領憲法(講和条約)下の機関である参議院とは全く別の機関である。衆議院についても、帝国憲法下の機関の衆議院と占領憲法下の衆議院とは、名称は同じでも別の機関である。

 昭和天皇が昭和五十二年八月二十三日、那須の御用邸で、

「第一条ですね。あの条文は日本の国体の精神にあったことでありますから・・・」

と指摘して我田引水を試みるが、むしろ、そのとき、

「国体というものが、日本の皇室は昔から国民の信頼によって万世一系を保っていたのであります。」

と述べられて、帝国憲法の実効性を認識しておられたのであるが、谷田川氏はそのことを殊更に隠蔽しているのである。

 最後の「まとめ」で竹田恒泰氏との話が出てくるが、天皇と雖も國體の下にあるとする皇国における「國體の支配」といふ規範國體を認識すれば、その時々での天皇の発言は、皇統護持のための方便であることが判るはずである。
 また、天皇主権から国民主権へと委譲されたとする竹田氏に対して、これを否定する谷田川氏は、竹田氏の「承詔必謹」説をどのように理解しているのか。これは國體の変更になるという意味か。そもそも、承詔必謹の意味も解っていないことによる謬説である。

 昭和天皇は、前にも述べたが、『昭和天皇独白録』にもあるように、ご親裁されたのは二回だけで、一回目は二・二六事件の処理、二回目はポツダム宣言受諾のご聖断である。つまり、帝国憲法の発議や占領憲法の制定に関してはご親裁されていないのである。この点がまさに重要なのである。
 これも、『國體護持総論』で述べたが、昭和天皇の、昭和四十八年の「ハリボテ」発言(入江相政日記)からすると、昭和天皇は、帝国憲法下の統治権総覧者であって、占領憲法下の傀儡天皇(象徴天皇)ではないことの強い自覚がおありになられた。また、占領憲法施行後の昭和二十二年九月二十二日付けで、琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解として、対日占領軍総司令部政治顧問シーボルトから国務長官マーシャルあての書簡の内容からしても、統治権の総覧者ならではの見解が示されているのである。昭和天皇の心の中には、歴然と帝国憲法は現存していたのである。その意味では、竹田氏は、まさに君側の奸である。そして、その使い走りとなった谷田川氏も同類である。

 我が国は言霊の幸わう国である。言霊には、マートンの言う「自己実現予言」の働きがある。占領憲法が憲法であると言い続けると、それが実現してしまうことを意味する。だからこそ、伝統法学に基づき、この悪しき言霊を、占領憲法は憲法ではないという善き言霊で打ち消して祖国再生の物語を紡がなければならない。占領憲法改正による道と帝国憲法の復元改正との道では、その目指すべき地平を異にするのである。

 谷田川氏は、昭和天皇の御製である、

   うれしくも国の掟のさだまりて あけゆく空のごとくもあるかな

を引用するが、それでは、明治天皇の御製である、

   世はいかに開けゆくとも古の國のおきては違へざらなむ

をどのように受け止めるのであらうか、是非とも聞いてみたいところである。
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