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-占領典憲パラダイムの転換を求めて-1/11【はじめに】

昨日 國體護持塾HPに公開させていただいた
いわゆる「保守論壇」に問ふ(其の八)-占領典憲パラダイムの転換を求めて-

すこしでも読みやすくと思いこちらにも貼らせていただきます。

【はじめに】

 内憂外患の緊迫した状況が差し迫っている。外にあっては、領土の危機、国際経済の不透明さに右往左往している。それは、これまで占領憲法では、仮に「自衛権」があったとしても、「交戦権」がないことを真剣に考えてこなかった大きなツケを払わされているからである。また、内にあっては、さらに深刻であり、男女共同参画社会の推進、住民投票条例及び自治基本条例の制定、外国人地方参政権の附与、人権救済法案の成立など、着々と「革命」が進行しているのである。
 ルソーからフーリエ、そして、これらの思想を受け継いだアレクサンドラ・ミハイロヴナ・コロンタイというレーニンの懐刀であったロシア女性革命家は、家族制度を封建時代の産物、資本主義の温床として、家事と育児の社会化、女性解放論、事実婚の奨励などによって家族制度を解体することに執念を燃やした。これが「熱い革命」、「急進的革命」であるとすれば、現在は、「冷たい革命」、「漸進的革命」が進行していると言ってよい。
 皇室と家族を解体し、天皇祭祀とこれに相似する祖先祭祀を否定することが日本革命の最終目的であり、国民主権論、人権論、平等論などを謳う占領典憲は、革命を推進する大きな後ろ盾となっていることはいまさら言うまでもない。

 二十年前、私とも親交のある慶應義塾大学教授の小林節氏が『憲法守って国滅ぶ』という書物を著した。これは占領憲法の改正論を主張したものだが、それ以後も改正への具体的な進展はなく、改正論が現実の政治日程に載ることは全くなかった。それも当然と言えば当然のことである。占領憲法を憲法として有効と信じているのであれば、占領憲法が唱える国民主権を支持することになるが、国民主権の思想こそが祖国の再生を妨げ続けている元凶であることを理解できていない。改正では到底祖国は再生できない。より改悪される危険があることを自覚できていなかったからである。

 しかし、時代は、ようやく占領典憲によって固定されたパラダイムが転換する時期に入ってきた。『憲法守って国滅ぶ』と同じ頃に提唱された真正護憲論への理解が、一段と広がり、いまのところは数名ではあるが、憲法無効論を唱える信念を持った政治家が登場し、多くの人々の共感を得るに至っている。ところが、いずれの時代も、パラダイムの転換期においては、これに必至で抵抗する勢力が生まれる。占領典憲パラダイムの転換においても、占領典憲に洗脳された徒花たちが湧き出すのである。この徒花には、二種類がある。一つは、革命を標榜する確信犯的な左翼であり、もう一つは、ハーメルンの笛吹き男のような似非保守である。
 この似非保守は、占領憲法の改正論を主張して保守層の琴線に訴えるが、いつ、どうやって改正するのかというロード・マップ(道筋、行程表)を決して示さない。否、示せないのに改正できると偽るペテン師集団である。真正護憲論では、拙著『國體護持総論』第五章で具体的なロード・マップを示しているが、改正論者には到底できないことである。

 占領典憲の効力論を論ずることは当然に必要であるが、政治論において、その理論が現実主義の見地から、変革のための具体的な道筋と日程を示せるか否かが重要である。それゆえ、効力論もさることながら、この政治論において現実的でない改正論は敗北主義であると言わざるを得ない。

 真正護憲論はあくまでも自立再生社会の実現のための手段である。それは、拙著『國體護持総論』第六章で描く社会の実現が目的である。最近になり、この増補部分を追加して、経済構造についての具体的な制度も提示した。このような視点から、占領典憲パラダイムの転換により、自立再生社会へと進展するについて、今までも、そしてこれからも徒花たちが挑む様々な真正護憲論への批判についても誠意を以て答える必要があると考えた。


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