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第42回 祭祀の道 「道義と正義」


今回の記事は毎月お送りしております「祭祀の道」の最新号です。最近真正護憲論が急速に普及しつつあります。ある、地方議員を取りまとめておられる方が言うには、これまで憲法改正を主張している議員の多くは、占領憲法が無効であることをすでに知っており、無効に乗り換える時期を窺っている可能性がある、とのことでした。もはや占領憲法の正体が明らかとなった今日において、これが無効であるという事実が世間一般の常識となる日も近いのではないでしょうか。

さて、今回は憲法の話題から離れて「祭祀の道」を掲載します。真正護憲論を理解するには日本人が祭祀の心を回復する必要があります。論理でもって真正護憲論を理解しても、論理そのものに限界があり、議論の過程において必ず迷宮入りします。まずは第一感情としての祭祀の心と日本人の感性が育まれていなければなりません。真正護憲論は祭祀を基軸とした我が国の國體を表す国法学の理論体系です。

≪ゆひのみち われすすみける ひとのよの あはあはしきを をさむことはり
(結ひ(收束)の道 割れ(拡散)進みける人の世の 淡々しきを治む理)

 言語学上の見解ですが、言語相対説というものがあります。これは、使用言語の性質によって人の思考や行動が規律されるとする「サピア・ウォーフの仮説」と呼ばれるものです。これは、「やまとことのは」の持つ言靈を理解する意味で大いに参考になります。

 「やまとことのは」の性質として、五十音の一字一字の音とそれによって組み合わされた言葉にはすべて言霊が備はっていますので、他の言語でこれを翻訳したとしても、もともとこれに対応する言葉が相手の言語にないときは、それに似た言葉を翻訳語とすることになりますが、それでは意味が通じないどころか、言霊の本意を失ってしまうということが起こります。

 これとの関連で、興味深い考察があります。それは、オーストリア生まれのウィトゲンシュタインという哲学者が提唱した「論理実証主義」という見解です。これも実証主義の一種であり、形而上的な考察を避けて、専ら観察と実験によって検証した事実だけで認識しようとする立場です。

 彼は、哲学を言語批判の学と捉へ、ラッセルの影響を受けて、論理的原子論を唱えます。一義的に明確な定義ができる言葉と、これに対応する原子的に分解された単位事実との関係を、認識論から独立して成り立たせようとします。一つの事実に対して一義的な言葉を「記号」として対応・・・ ≫

南出喜久治著 
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