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真正護憲論の概説=憲法有効論の誤り1/2

7月にこちらのブログに貼らせていただいていた 真正護憲論の概説、しばらく中断していましたが、また再開いたします。前回はこちらが最後でした。 真正護憲論の概説=占領憲法が憲法として無効である理由5/5

1 始源的有効説と後発的有効説
 占領憲法が憲法として有効であるとする憲法有効論は、大きく分けて二つあります。一つは、始源的有効説です。これは、占領憲法ができた当初から憲法として有効に成立したとする見解です。そして、もう一つは、後発的有効説です。これは、初めは無効だったが、後になってから、ある事情で有効になったとする見解です。

 2 始源的有効説
 では、初めに、始源的有効説から見てみることにします。これには、①改正無限界説、②革命有効説、③条約優位説、④正当性説、⑤承詔必謹説などがあります。
 ①の改正無限界説ですが、当時も今も少数説です。改正に限界がなく、これまでの憲法の内容と全く異なったものでも許されるとするものです。これが誤っていることについては、國體論に関わる説明をしなければなりませんので、ここでは省略しますが、次の二つのことだけを説明しておきます。一つ目は、帝国憲法の上(じょう)諭(ゆ)には、憲法改正について「敢テ之カ紛(ふん)更(こう)ヲ試ミルコト得サルヘシ」とあることから、改正無限界説は帝国憲法においては成り立たないことです。二つ目は、仮に、この説に立ったとしても、それは国家が正常な時期に適用されるのであり、占領下の非独立時代という異常な時期には、この見解であっても適用されない点です。
 ②は、革命有効説です。「八月革命説」と呼ばれるもので、昭和20年8月に法律学的な意味での「革命」が起こったというフィクションを打ち立てる見解です。当時は、一斉を風靡しましたが、今ではこれを支持する学者は少ないのです。革命とは、国内勢力による政治的な自律的変革の現象であって、外国勢力による征服下での他律的変革を意味しないからです。
 ③の条約優位説というのは、帝国憲法よりもポツダム宣言の受諾や降伏文書の調印という講和条約の方が優位にあり、上位の法的効力も持つというものです。しかし、帝国憲法第13条に基づいて締結されたポツダム宣言の受諾や降伏文書の調印という講和条約が、その存在根拠である帝国憲法よりも優位であるとすることは矛盾です。親から子が生まれると、今度は子が親になるということはあり得ないのです。
 ④の正当性説というのは、内容が正しいものであれば有効であるとする見解です。何でも結果次第だというのです。何が正しいか否かの価値判断は、誰が決めるのでしょうか。貧しい人が北朝鮮に拉致されて、以前より裕福な生活ができていたとすれば、それが正しいのであって、北朝鮮に感謝こそすれ、批判してはならないということを認めるのがこの見解です。こんなものを「正当性説」と名付けること自体が間違いなのです。
 ⑤の承詔必謹説(しょうしょうひっきんせつ)というのは、日本書紀にある聖徳太子の憲法十七条の「三に曰はく、詔を承りては必ず謹め。」(承詔必謹)を根拠とし、昭和天皇が占領憲法を上諭を以て公布されたことによって占領憲法は帝国憲法の改正法として有効だとする見解です。しかし、「天皇と雖も國體の下にある。」という「國體の支配」の法理からすると、「詔(みことのり)」の性質は、國體護持のためのもので、決して國體を破壊するものとして解釈してはなりません。真正護憲論は、占領憲法を講和条約の限度で有効と認めるのですから、天皇の公布自体を無効とするものではありません。また、形式的行為である公布行為が有効か無効かという問題と、公布された法令が実質的に有効か無効かという問題とは区別しなければなりません。また、後でも述べますが、公布という形式行為によって、違憲違法な法令が有効になるとすれば、それは天皇主権を認めざるを得なくなります。しかし、後で述べるとおり、昭和天皇も帝国憲法は天皇主権の憲法でないとされているのであって、帝国憲法が天皇主権の憲法でないことは、その条規からしても当然のことなのです。
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