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竹島、オリンピックでの行為=排外主義のおろかさ=

明日からお盆ですね。ご先祖様をお迎えする準備がなかなか進みませんが・・・

さて、韓国の李大統領の不法行為やオリンピックでの韓国選手のプレーや試合後の行動など、本当に日本が侮辱されていること、日本人ならば誰でも腹は立ちますね。
領土問題に関しては、韓国が実行支配している竹島は奪還しなくてはなりません。
ただ、現在の “日本国憲法”下では交戦権自体が“認められていない”ので、自国の領土を守るという戦闘行為自体が認められない訳なのです。
相手国は、これを知っているので、今回のような行為を取ることができます。竹島がこのような事態になって数十年、これを放置してきた日本の責任でもあるのです。竹島を奪還する、自国の領土を一日も早く取り戻すのに、“憲法改正”できる日をまだひたすら待ち続けるのでしょうか?

オリンピックでの行為については、韓国だけではなく、支那でもそうですが、 反日教育を初等教育の段階から行い、対日テロをした歴史上の人物を賞賛しています。一種の洗脳のようなものでしょうが、そうしなくては、国家として一つにまとまる事ができない国家なのです。
そのような教育を受けて来た人々ばかりですので、今回のような行為を取るのは当たり前といえば当たり前です。

さて、自国を守るという気持ちは当然として、こういった時に “嫌韓”に陥ってしまっては、反日教育を行う支那と同じになってしまいます。以前もこちらのブログに掲載していますが、“排外主義”のおろかさを書いた南出喜久治先生の文章を貼らせていただきます。

元の文章はこちら 第三十六回 大和心と祭祀">青少年のための連載講座【祭祀の道】編 

<<一般には、自然で素直、清浄、そして、優美で柔和、寛容、しかも勇猛果敢な心が大和心であると説明されてゐますが、それでは、漢心はその対極にあるのかと云へば、さうとも言ひ切れないのです。支那などの外国には大和心と同じ心根が一切なくて、我が国だけにある心根といふものでもなさそうです。民度の違ひにより、その心根を持つ人々の割合や程度の違ひがあるにせよ、どの国にもどの民族にもそれなりに持つてゐる心根であり、決して我が国だけにあるものでもありません。これは、有無の問題ではなく、程度の問題なのです。

この有無の問題と程度の問題とを混同してしまふと、いつしか外国人や外国の文物等を全否定する「排外思想」に陥つてしまひ、その結果、一番肝心の大和心を失つてしまふといふジレンマに向き合ふことになります。排外思想の実践に執念を燃やし、他民族を十把一絡げに罵る人は、完全に大和心を失つてゐます。個々の行為について、大和民族であらうと他民族であらうと、それが誰であつても、正しいものは正しいとし、誤つてゐるものは誤つてゐるとして行動することが大和心の実践のはずです。しかし、排外思想といふのは、二者択一のデジタル思考であるために、行為の正邪ではなく、民族の相違だけですべて決着をつけてしまひます。人の心や実践とは無関係に、他の民族に悪口雑言を浴びせて全否定しますので、誰に対しても嫌悪感を与へるだけで、誰からも納得と共感を得ることができません。欲求不満のはけ口として単なる自己満足に終はり、自らを虚しくし誰も幸せにしません。

類は友を呼ぶが如く、霊格の低い排外思想に染まつた人々が群れて閉鎖社会を作り、群集心理に勢ひを借りて排外活動を繰り返し害悪を撒き散らします。少しでも大和心を理解しようとする他民族全体を離反させてしまひます。このやうな排外思想に染まつた人は、初めは大和心に目覚めてゐたのかも知れません。ところが、様々な要因により排外思想に凝り固まつて大和心を歪め、憎悪を際限なく拡大して結局は大和心を完全に失つてしまふといふ皮肉な結果となるのです。実に悲しいことです。>>
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No title

全く同感です。今回の韓国の行動には断じて抗議します。しかし、これを排外主義と結びつけて、在日の方たちを排斥したりするようなことは絶対にしてはいけません。国体護持塾は今後も正しい護国活動を続けて参りましょう。

No title

南出氏の「真正護憲論」は、理論的にも突破できる、日本を護る唯一の戦略と思っていますし、支持しています。
しかしながら、何かと南出氏の言葉を盾に、それが正当のごとく決めつけて南出氏の言葉を第三者が貼り付けることは、個人崇拝的な、極めて悪い印象を与えると思います。信者と教祖のような極めて、うんざりするような印象です。

排外主義と決めつける理由が、どこにあるのでしょうか。
原発の問題にしても、震災前から原発反対と言っているのならまだしも、震災後に言い出す。
左翼運動に利用さている反原発運動を、わざわざ、現時点で、しかも、にわか脱原発を、デモの最中に発言する理由が、どこにあるのでしょうか?
日和見、大衆迎合と個人崇拝という悪い印象を与える。

目的は、日本を救い、護ること。
その手段が「真正護憲論」です。
南出先生と、ここに掲載する内容を話し合ってください。そして、私のような意見もあることを。
なお、私は、震災前のず~と昔から反原発です。
実態を知っているからです。
しかし、今は、災害を利用した左翼運動と災害ビジネス化している。だから、あえて、反原発を控えている。
現実を見る目も必要です。

日本を護るためにも「真正護憲論」は極めて重要でありますが、オカルトチックにとらえられるのでは、逆効果になります。
南出氏も、憲法無効宣言ができるのなら、共産党と組んでもよい、と言われている。
極めて、現実的です。
目的は、日本を護ること。
他人の言葉を借りて、さも正しいような印象で決めつけ、偏見で、思想、考えへ介入する行為は、敵を生むだけあり、卑怯です。

No title

選挙民様

真正護憲論を支持して下さり、大変、喜ばしく思います。
今回戴きましたコメントには勘違いが多く含まれておりますので、下記に記しました。

>南出氏の言葉を第三者が貼り付けることは、個人崇拝的な、極めて悪い印象を与えると思います。信者と教祖のような極めて、うんざりするような印象です。

南出氏から文章を貼り付ける許可を得ております。従いまして、このことに「悪い印象」を抱くことは自由ではありますが、問題のある行為だとは言えません。南出氏の言葉を拡散して、一人でも多くの人に知っていただきたいと思っているから貼り付けているのです。

信者と教祖とは不適切な表現です。國體護持塾は宗教団体ではありませんので、師弟関係ならまだしも、信者と教祖という関係はありえません。これでは南出氏が絶対的な権力を持っているという印象を与えかねません。もし、南出氏の言葉に疑問があれば、周囲は回答を求めます。私もこれまで何度も疑問に答えてもらっています。國體護持塾はそれを可能とする団体です。また、諸団体とも連携を取っているため、決して孤立的で閉鎖的ではありません。個人崇拝だと思われるかもしれませんが、尊敬できる人を尊敬しているだけです。「うんざりする印象」はあくまで「印象」にすぎません。

>原発の問題にしても、震災前から原発反対と言っているのならまだしも、震災後に言い出す。

南出氏は震災以前から核の廃絶を述べております。著書『まほらまと』をご覧ください。

No title

選挙民さん

まずは、言葉使いに気を付けてください。言葉使いの悪い人は相手にするつもりはありません。謝罪のコメントを書き込んでください。

「信者」、「南出教」、「教祖のしもべ、伝達者のごとくふるまうことは、なんら「オウム」と変わらない」という表現は個人・団体への誹謗中傷と受け止められます。

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