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原爆投下・戦時国際法・ポツダム宣言

昨日、8月6日は米国が広島に原爆を投下してから、67年目を迎えた日である。日本政府はこれまでこのホロコーストに対して十分な抗議を行うことがなかった。自虐史観に陥り、まるで日本は悪かったのだから原爆を投下されても仕方がなかったなどという態度であり、米国が戦争を早く終わらせるために原爆を使用したという嘘をそのまま鵜呑みにしているようである。しかし、ホロコーストが国際法に違反していることはよく知られることである。もし、日本政府がこの蛮行に対して強く抗議する勇気を有していたならば、米国はその後のベトナム戦争、イラク戦争に突き進むことを思い止まったかもしれない。ともかく、原爆投下は我が国がポツダム宣言を受け入れる際に、重要な契機となったことは事実である。それが、一体、法的にどのような意味を与えたのか。以下、南出喜久治氏の原爆と国際法、ポツダム宣言に関する指摘を紹介したい。

≪ともあれ、これに纏わる歴史問題と政治問題という現実的な国際問題を解決するために、私は、これらの無明の輩と同じように、独立喪失条約を初め、一切の講和条約群の無効を主張する必要があるのではないかという誘惑に過去何度も襲われたことがあった。それは、この無明の輩の主張のような、日韓保護条約と日韓併合条約は「無効」、ポツダム宣言の受諾も降伏文書の調印は「有効」とする倒錯した論理矛盾を犯さずして、その逆に、前者を「有効」、後者を「無効」とする論理が厳然と存在するからであった。つまり、ポツダム宣言の性質が原爆投下によって我が民族を殲滅する目的の「ホロコースト宣言」であったとする論理である。

 すなわち、ポツダム宣言第十項には、「吾等は、日本人を民族として奴隷化せんとし、又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ざる」としながらも、同第三項には、「決起せる世界の自由なる人民の力に対するドイツ国の無益且無意義なる抵抗の結果は、日本国国民に対する先例を極めて明白に示すものなり。現在日本国に対し集結しつつある力は、抵抗するナチスに対し適用せられたる場合に於て全ドイツ国人民の土地、産業及生活様式を必然的に荒廃に帰せしめたる力に比し、測り知れざる程更に強大なるものなり。吾等の決意に支持せらるる吾等の軍事力の最高度の使用は、日本国軍隊の不可避且完全なる破壊を意味すべく、又同様必然的に日本国本土の完全なる破壊を意味すべし。」とし、ポツダム宣言の締め括りは、「右以外の日本国の選択は、迅速且完全なる壊滅あるのみとす。」としており、「完全なる破壊」が何度も繰り返し強調されている。

 つまり、ポツダム宣言を受け入れない場合には、原爆投下によって我が民族を殲滅することを宣言し、それが単なる強迫ではなく、実際にも広島、長崎に投下されて数十万人を虐殺されていたからである。民族殲滅を強迫手段とし、しかもそれが単なる脅しではないとして、現実に順次大量虐殺を断行し続けて見せしめを行うという手法の強制は、人類史上最大級の卑劣な強制であり、この強制方法は、当時の戦時国際法においても許容性の範囲外のものとして全く予定していなかった事柄である。当時、陸戦協定では、残虐な兵器の使用を禁止されており、毒ガスやダムダム弾も禁止されていたのであるから、原爆がこれに当たることは明白であった。国際法上違法な兵器を用いた民族殲滅というこの最大級の強制は、前者(日韓保護条約と日韓併合条約)には全くなく、後者(ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印)には歴然と存在した。それゆえ、前者は「有効」であり、後者は「無効」であるとする論理である。

 現在では、これは当然に認められる論理ではあるが、当時はそこまでの論理として認められていたかについていろいろと見解は分かれるであろう。しかし、国際政治は、学問で決着できるものではなく、学説はあくまでも学説にすぎない。また、強制における脅迫文言(害悪の告知)は様々であって、その告知された害悪の内容如何によって強制の性質が必ずしも変質するものでもない。刃物をちらつかせ「腕一本を切り取る」という脅迫がなされたままで実行に移されない場合と、「皆殺しにする」という脅迫がなされ一人づつ目の前で射殺されて行く場合とでは、確かに脅迫の程度と態様は異なる。しかし、被害者が畏怖し自由な意思を抑圧されて加害者に屈服する過程は、被害者の性格、信念、環境などの被害者側の要素と、加害者の性格、目的、害悪の内容など加害者側の要素との相関関係によるものである。それゆえ、告知された害悪の内容と害悪の実現の程度は、確かに重要な要素ではあるが決定的な要素ではない。

 そして、この国際政治の現実を直視した我が国の先人の足跡と潔さ、「恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ」とする教育勅語の精神などを文化総体とする我が国としては、負け惜しみ、負け犬の遠吠え、引かれ者の小唄を唄う反面教師である無明の輩と同じ穴の狢となってはならないとの自戒を以て私はこの誘惑を退けてきた。

 しかし、「ホロコースト宣言」であつた「ポツダム宣言」を条約法条約第四条が不遡及を宣言してこれを「有効」としたことは、国際的にも恥ずべき不条理がまかり通ったということである。条約法条約は、昭和五十六年七月二十日に公布され、同年八月一日に発効した。それゆえ、条約法条約第四条が、「この条約は、自国についてこの条約の効力が生じている国によりその効力発生の後に締結される条約についてのみ適用する。」としているために、この条約が発効から約三十六年前の「ポツダム宣言の受諾」とそれ以降の講和条約群にも遡及せず、すべて有効とされたということである。ところが、このような国際法における不遡及原則を貫くのであれば、同じくその当時において、遡及処罰の禁止を含む罪刑法定主義が国際法として確立していたにもかかわらず、「平和に対する罪」や「人道に対する罪」を事後に新設して遡及的に処罰した東京裁判などは、そもそも許されないものとしなければならなかったし、これの「無効」を宣言しなければならなくなる。ポツダム宣言は遡及効を否定して有効とし、東京裁判は遡及効を肯定して有効とする。いずれにしても、このような露骨な二重基準を振りかざし、なりふり構わずにヤルタ・ポツダム体制(国連体制)を堅持して我が国を封じ込めているのである。このような国際政治の現状を踏まえて我が国が再生するためには、この国際政治と国際法の論理に依拠しつつ、これを実現しうる強かな論理と戦略を構築しなければならない。それが後に述べる講和条約説の論理に基づく占領憲法(東京条約、占領憲法条約)の破棄通告戦略なのである。≫ 

引用箇所
南出喜久治著 『はらひしたまへ』近日刊行!!
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