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やまと新聞さまへの寄稿分=「復元改正」 真正護憲運動の胎動=全文


先日こちらの記事を上げさせていただきました。
 前記事 ヤマト新聞さまへの記事

南出喜久治先生のヤマト新聞様への寄稿分全文を現在のかなにしたものを掲載致します。

「復元改正」 真正護憲運動の胎動(占領憲法真理教との闘ひ)

 憲法学会会員、弁護士 南出喜久治(平成二十四年六月十日記す)

 平成二十四年六月八日に東京都議会第一会議室で開催された「占領憲法と占領典範の無効確認決議を東京都議会に求める請願集会」は、これまでの真正護憲運動が牛歩から駆け足へと速度を早め、着実に加速前進してきたことを示す出来事である。

 しかし、ここまで来るには、余りにも長い道のりであつた。

 真正護憲論(新無効論)とは、被占領の独立喪失下に制定された占領憲法(日本国憲法)は憲法としては無効であり、帝国憲法第七十六条の「無効規範の転換」理論の規定によって、十三条の講和大権による被占領非独立時における講和条約の限度において効力を有するものであり、帝国憲法は未だに現存しているとの憲法解釈論である。そして、昭和二十二年法律第三号の「皇室典範」という法令名称の皇室統制法(占領典範)もまた、御皇室の自治と自律を完全に否定するもので、臣民の容喙を許すべきでない御皇室の家法である「皇室典範」とは無縁のものであるから無効であるとする見解である。このような典憲(典範と憲法)解釈は、国法学的には自然な帰結なのである。

 ところが、我が国では、特に、法学者の間においては、これが通じない。占領憲法の効力論争をしようともしないのである。それは、法学者という職業人は、占領憲法の解釈学で飯を食っている「業者」であるため、占領憲法が「憲法」でなければ、「羊頭掲げて狗肉を売る」ペテン業者であることがばれてしまい、飯の種を失うことになるから、是が非でも占領憲法は憲法であると騙し続けなければならない生活事情があるからである。

 しかし、過去には、このような憲法業者の中にも、真正護憲論が生まれる契機となった見解を示す者も居た。
 たとえば、有倉遼吉(元早稲田大学法学部教授)は、占領憲法が講和大権の特殊性によって合法的に制定されたとし、黒田了一(元大阪市立大学法学部教授、元大阪府知事)は、占領憲法の性質を「条約」(条約憲法)であるとする説を唱えていた。
 これらの見解は、学問的には、論理的整合性のない未熟かつ未完成なものであった。つまり、講和大権の行使によって生まれたものであれば、それは憲法ではなく、講和条約であることになる。国内法系の憲法が国際法系の条約として認められるというのであれば、それは、帝国憲法第七十六条第一項にその根拠を求めなければならなくなる。しかも、これは、独立国でなければ締結し得ない一般条約ではなく、非独立国の敗戦国が締結しうる講和条約でなければならないからである。

 また、有倉が徹底した法実証主義の立場から、講和大権が行使された結果として占領憲法を捉え、共産党系の黒田が占領憲法がGHQとの合作であることを直視して、条約の性質を持つ憲法(条約憲法)と理解したのと同様に、政治家や文化人なども、占領憲法の制定過程が講和条約そのものであったことの現実を認識してきたのである。つまり、この占領憲法制定過程において、当初から外務大臣、そして内閣総理大臣として深く関与してきた吉田茂は、「・・・改正草案が出来るまでの過程をみると、わが方にとっては、実際上、外国との条約締結の交渉と相似たものがあった。というよりむしろ、条約交渉の場合よりも一層”渉外的”ですらあったともいえよう。ところで、この交渉における双方の立場であるが、一言でいうならば、日本政府の方は、言わば消極的であり、漸進主義であったのに対し、総司令部の方は、積極的であり、拔本的急進的であったわけだ。」(『回想十年』)と回想している。また、上山春平(京都大学名誉教授)も、『大東亜戦争の思想史的意義』の中で、「あの憲法は、一種の国際契約だと思います。」と述べているのである。

 このようにして、真正護憲論(講和条約説)は、生まれるべくして生まれた憲法解釈であって、論理においてなんら無理のない当然の帰結であったが、長きに亘る執拗な公職追放と検閲、洗脳により、その余韻が続く現在においても、これを育みうる環境が悉く潰されてきたのである。

 つまり、GHQによる公職追放と思想統制のための検閲と洗脳は徹底したものであつて、特に、洗脳工作としては、昭和二十一年十二月一日に結成された「憲法普及会」というGHQの指導のもとに、「占領憲法真理教」に帰依した殆ど全ての国会議員や官僚、学者などによって、官民挙げての洗脳運動が徹底して行われたのである。その洗脳運動のすさまじさは、驚くべきものである。
 文部省社会教育局が管轄する外郭団体として、会長は芦田均、副会長は金森徳次郎、理事には宮沢俊義、鈴木安蔵、末川博など共産主義者が就任し、祖国を売り飛ばしGHQの走狗となった「占領憲法真理教」の法学者が講師となって全国の公務員に研修を強制して洗脳した。さらに、全国各地での講習会、懸賞論文の募集、楽曲、劇映画、カルタ、出版物の製作と普及など、占領憲法がすばらしいものであることを繰り返し繰り返し徹底的に刷り込んだのである。

 このようにして、政府を挙げての全国的な洗脳状態が完成し、政治家や官僚、学者、物書き、マスコミなどは、占領憲法が無効であると主張すると失職ないしは排除される危険があるために、誰も占領憲法に異議を唱へることができなかった。占領憲法が有効か無効か、どんな効力があるのかという効力論争すらタブーとなったのである。

 そんな中でも、失職する危険性の少ない旧帝大以外の学者など(井上孚麿、菅原裕、相原良一など)だけが無効論(失効論を含む)を主張し続けたが、これに対しては、占領憲法真理教の御用学者は、決して反論せず、「黙殺」の戦法をとり続けた。また、このような洗脳状態が完成するまでの間には、僅かではあるが、議会(帝国議会及び国会)において二回だけ政治家による効力論争がなされたことがある。正確に言えば、効力論争と言うよりは、効力論に関する意見表明がなされたということである。
 一つ目は、共産党の野坂参三衆議院議員の本会議における指摘である。マッカーサーが帝国憲法と占領憲法との完全な法的連続性を保障するとの声明を受けて、昭和二十一年六月二十八日、衆議院において、帝国憲法第七十三条では天皇に帝国憲法改正発議権が専属しているために帝国議会での修正はできないとする定説に基づき、帝国議会で修正することは法的連続性を欠くのではないかと指摘したことである。すなはち、法的不連続は、占領憲法の無効を来すという指摘なのである。
 また、昭和三十一年に憲法調査会法が成立したが、その提案趣旨説明において、清瀬一郎衆議院議員は、占領憲法は帝国憲法第七十五条に違反するという指摘をしたことがある。第七十五条というのは、帝国憲法と皇室典範は摂政を置く間は改正することができないとする規定である。摂政が置かれるのは、天皇が未成年であったり、御不例のときなどであり、いずれも天皇の清明なる意思が十全でない可能性がある場合のことである。摂政が置かれるのは形式的な現象であって、その実質的理由は、天皇の叡慮が十全でない場合には、憲法改正ができないことを意味する。このことからすれば、ポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印によって、独立を奪われてGHQの軍事占領下に置かれたことにより、天皇大権がすべて制限ないしは停止されている間において、実質的にGHQが発議した占領憲法案は、天皇の発議権を簒奪した点において帝国憲法第七十三条違反となるのみならず、叡慮の十全性を侵害する意味で第七十五条違反になる。清瀬は、このうち、第七十五条を根拠に占領憲法は無効であると指摘したのである。

 しかし、これらの指摘は、占領憲法真理教で固められた政府によって黙殺され続けた。そして、今もなおその黙殺状態が続いてきたのであるが、ここに大きな変化が起こった。それは、石原慎太郎東京都知事の「占領憲法無効発言」である。過去にもなされてきたが、平成二十四年二月から反復継続してなされているこの発言は、真正護憲論によって補強されているものであって、占領憲法が帝国憲法第七十三条と第七十五条に違反することを理由に無効であると明確に指摘した初めての政治家の発言であった。

 平成二十三年十一月に、真正護憲論による戦後初の参議院請願が西田昌司参議院議員を紹介議員としてなされ、さらに、この石原都知事発言を受けて、平成二十四年六月八日には頭書の集会と同時に、請願者総数四八一〇名による東京都議会に対する真正護憲論による請願がなされた。さらに、続々と請願者が追加されて行く。そして、この請願の紹介議員の一人である土屋敬之都議が東京都議会本会議において一般質問をして石原都知事の正式答弁を引き出す。この動きは決して止まらない。この東京都議会方式は、次に石垣市議会に受け継がれ、全国自治体の全てに連鎖的に波及するであろう。

 人間の子は人間の親から生まれるのであって、決して獣の親から人間の子は生まれない。獣(占領憲法)を人間の親(帝国憲法)であると、これまでの洗脳によって錯覚しているだけである。獣(占領憲法)がいくら整形手術(改正)をして人間の親(帝国憲法)の姿に近づけたとしても、所詮、獣は獣である。決して人間にはなれない。占領憲法改正論は、占領憲法(獣)を親であるとの洗脳を固定化し、その獣に人間と見紛うような整形を施そうというおぞましい所業である。占領憲法改正論者は、未だに過去の洗脳から脱却できない民族の徒花である。占領憲法の改正を強弁すればするほど「国賊」の道(獣道)に彷徨って祖国を崩壊させることになることを自覚しなければならない。

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