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緊急寄稿 憲法無効 真正護憲論運動の胎動 =やまと新聞より転載=


続けて記事を上げさせて頂きます。

ヤマト新聞さんに南出喜久治先生が寄稿されましたので、リンクを貼らせていただきます。
原稿は一応全部所持していますが、できればこちらのサイトからご確認をお願いします。

 やまと新聞
「平成二十三年十一月に、真正護憲論による戦後初の参議院請願が西田昌司参議院議員を紹介議員としてなされ、さらに、この石原都知事発言を受けて、平成二十四年六月八日には頭書の集会と同時に、請願者総数四八一〇名による東京都議会に対する真正護憲論による請願がなされた。さらに、続々と請願者が追加されて行く。そして、この請願の紹介議員の一人である土屋敬之都議が東京都議会本会議において一般質問をして石原都知事の正式答弁を引き出す。この動きは決して止まらない。この東京都議会方式は、次に石垣市議会に受け継がれ、全国自治体の全てに連鎖的に波及するであらう。」

「復元改正」 真正護憲運動の胎動(占領憲法真理教との闘ひ)

憲法学会会員、弁護士 南出喜久治(平成二十四年六月十日記す)

平成二十四年六月八日に東京都議会第一会議室で開催された「占領憲法と占領典範の無効確認決議を東京都議会に求める請願集会」は、これまでの真正護憲運動が牛歩から駆け足へと速度を早め、着実に加速前進してきたことを示す出来事である。

しかし、ここまで来るには、余りにも長い道のりであつた。

真正護憲論(新無効論)とは、被占領の独立喪失下に制定された占領憲法(日本国憲法)は憲法としては無効であり、帝国憲法第七十六条の「無効規範の転換」理論の規定によつて、十三条の講和大権による被占領非独立時における講和条約の限度において効力を有するものであり、帝国憲法は未だに現存してゐるとの憲法解釈論である。そして、昭和二十二年法律第三号の「皇室典範」といふ法令名称の皇室統制法(占領典範)もまた、御皇室の自治と自律を完全に否定するもので、臣民の容喙を許すべきでない御皇室の家法である「皇室典範」とは無縁のものであるから無効であるとする見解である。このやうな典憲(典範と憲法)解釈は、国法学的には自然な帰結なのである。

ところが、我が国では、特に、法学者の間においては、これが通じない。占領憲法の効力論争をしようともしないのである。それは、法学者といふ職業人は、占領憲法の解釈学で飯を食つてゐる「業者」であるため、占領憲法が「憲法」でなければ、「羊頭掲げて狗肉を売る」ペテン業者であることがばれてしまひ、飯の種を失ふことになるから、是が非でも占領憲法は憲法であると騙し続けなければならない生活事情があるからである。

しかし、過去には、このやうな憲法業者の中にも、真正護憲論が生まれる契機となつた見解を示す者も居た。
たとへば、有倉遼吉(元早稲田大学法学部教授)は、占領憲法が講和大権の特殊性によつて合法的に制定されたとし、黒田了一(元大阪市立大学法学部教授、元大阪府知事)は、占領憲法の性質を「条約」(条約憲法)であるとする説を唱へてゐた。
これらの見解は、学問的には、論理的整合性のない未熟かつ未完成なものであつた。つまり、講和大権の行使によつて生まれたものであれば、それは憲法ではなく、講和条約であることになる。国内法系の憲法が国際法系の条約として認められるといふのであれば、それは、帝国憲法第七十六条第一項にその根拠を求めなければならなくなる。しかも、これは、独立国でなければ締結し得ない一般条約ではなく、非独立国の敗戦国が締結しうる講和条約でなければならないからである。

また、有倉が徹底した法実証主義の立場から、講和大権が行使された結果として占領憲法を捉へ、共産党系の黒田が占領憲法がGHQとの合作であることを直視して、条約の性質を持つ憲法(条約憲法)と理解したのと同様に、政治家や文化人なども、占領憲法の制定過程が講和条約そのものであつたことの現実を認識してきたのである。つまり、この占領憲法制定過程において、当初から外務大臣、そして内閣総理大臣として深く関与してきた吉田茂もは、「・・・改正草案が出來るまでの過程をみると、わが方にとっては、実際上、外国との条約締結の交渉と相似たものがあった。というよりむしろ、条約交渉の場合よりも一層”渉外的”ですらあったともいえよう。ところで、この交渉における双方の立場であるが、一言でいうならば、日本政府の方は、言わば消極的であり、漸進主義であったのに対し、総司令部の方は、積極的であり、拔本的急進的であったわけだ。」(『回想十年』)と回想してゐる。また、上山春平(京都大学名誉教授)も、『大東亜戦争の思想史的意義』の中で、「あの憲法は、一種の国際契約だと思います。」と述べてゐるのである。

このやうにして、真正護憲論(講和条約説)は、生まれるべくして生まれた憲法解釈であつて、論理においてなんら無理のない当然の帰結であつたが、長きに亘る執拗な公職追放と検閲、洗脳により、その余韻が続く現在においても、これを育みうる環境が悉く潰されてきたのである。

つまり、GHQによる公職追放と思想統制のための検閲と洗脳は徹底したものであつて、特に、洗脳工作としては、昭和二十一年十二月一日に結成された「憲法普及会」といふGHQの指導のもとに、「占領憲法真理教」に帰依した殆ど全ての国会議員や官僚、学者などによつて、官民挙げての洗脳運動が徹底して行はれたのである。その洗脳運動のすさまじさは、驚くべきものである。

文部省社会教育局が管轄する外郭団体として、会長は芦田均、副会長は金森徳次郎、理事には宮沢俊義、鈴木安蔵、末川博など共産主義者が就任し、祖国を売り 飛ばしGHQの走狗となつた「占領憲法真理教」の法学者が講師となつて全国の公務員に研修を強制して洗脳した。


続きは、ヤマト新聞さんのHP上でログインをしていただくか、もうしばらく経ったらこちらにも掲載させていただきます。

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