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2.26事件

近代史において、規模や影響力の面で最大のクーデターと言えるのは、2月26日に起きた、2.26事件です。
北一輝の天皇大権による国家改造という思想に基づき「元老、重臣、軍閥、官僚、政党等は此の国体破壊の元凶なり」とした『決起趣意書』を以って断行されたクーデター未遂事件の経過を本日は書きたいと思います。

翌2月27日深夜未明に皇居にて枢密院会議が戒厳令の施行を決定、反乱軍将校が処刑される7月18日まで東京に戒厳令が施行されました。また、昭和天皇が反乱軍兵士へ元隊に戻るようにとの奉勅命令を親裁され、3月に東京陸軍軍法会議が開かれこの事件は終わりました。

この事件の発生の際、昭和天皇は「朕自ら近衛師団を率い、これが鎮定に当らん」とおっしゃられ、直接、戒厳令の施行の御聖断を下されたというのは有名な話です。

昭和天皇が2度だけ御聖断を下された内の1度である、この2.26事件ですが、陛下は何故、国家を思ってクーデターを起こした陸軍将校達を何故、賊軍と御判断されたのか?

本庄繁侍従武官長の日記を抜粋要約すると、
「自分としては、最も信頼せる股肱たる重臣及び大将を殺害し、自分を真綿にて首を絞めむるがごとく苦悩せしむるものにして、甚だ遺憾に堪えず。而してその行為たるや憲法に違い、明治天皇の御勅諭にも悖り、国体を汚し、その明徴を傷つくるものにして深くこれを憂慮す。その際十分に粛軍の実を挙げ再び失態なき様にせざるべからず。」
つまり、昭和天皇御自身の重臣を殺戮するという凶暴な将校達の精神を批判され、重臣の殺戮は昭和天皇御自身の首をしめるようなことであり、決して国家を守ることにならないばかりか、国体を汚すものであり、軍人勅諭に背く者とされたのです。

国家を守るという目的で色々な行動をされていらっしゃる方がいます。この昭和天皇のお言葉に背くような行動になっていないか、2月26日に今一度考えたいものですね。

出展 『くにからのみち』 南出喜久治著 まほらまと草紙
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テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

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