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おさなごこち =魚の群れ=

こんばんは しばらく間が空きましたが、うけひのもり学園で子供向けに南出先生が書かれている 幼心地 を転載させて頂きます。
今日は平成22年1月号に掲載していました 魚の群れ というお話です。
こちらのサイトでは子供向けに ふりがながある物と ひらがなだけの物を掲載しています。


皆さんは、水族館に行った事がありますか。私も子供の頃に、どこかの小さな水族館に行った記憶があるのですが、それから随分長い間、水族館に行った事がありませんでした。
ところが、数ヶ月前、子供が孫を連れて来ましたので、その孫と一緒に私達夫婦と子供とで大阪の「海遊館」という水族館に行きました。本当に水族館は久しぶりでした。
海遊館に行くと、大きな大きなびっくりするような水槽の中に、ジンベイザメが泳いでいましたし、 それ以外にも大きな魚と小さな魚が、一緒に泳いでいました。
普通、水族館には、魚や貝などだけではなく、イルカなどがいる所もあります。イルカ、アシカ、アザラシなど 水の中で生活する動物のいる水族館もありますし、動物園にもそれがいるところがあります。 動物園いうのは、福沢諭吉という人が名付けた名前ですが、歴史的には、動物園から水族館が分かれて出来、それに植物園も創られて、今では博物館法 という法で区分されています。しかし、ここでは、海遊館に行った事をきっかけとして、一般的に、海や淡水(真水)の中に住む魚の 生態について少し話をしてみます。

 久しぶりに水族館を訪れて、その大きな水槽の中を見て改めて気づいた事は、色んな小さな魚が それぞれ整然と群れをなして泳いでいる事でした。陸地の動物にも、群れをなして生活している物が多いのですが、それは、親子の家族や、その家族が いくつか集まって群れを作っています。
ところが、水族館の魚は家族単位でなく家族を飛び越えて まさにマスゲームのように 同じ魚が一つの集団として動きます。見事であり感動的な光景でした。しかも、何かの音や光、それに何らかの気配を感じたら、一斉に方向を変えたりして、その群れ自体が一つの生き物のように感じます。
陸上でも、群れで行動するのは、蟻とか蜂もそうですが、これらは一つの大家族(部族、種族)として 群れをなしているのです。淡水(真水)に住む魚でも群れを成して生きていますが、これと同じ事です。このように、群れとしてまとまって行動をするためには、
群れが方向を変える場合には、一斉にそれが出来なければなりません。そのために、全ての魚の胴体の側面には、「側線器官」という精密なセンサーがあり、これによって、わずかな水の動きや振動、波動を瞬間的に感じる事ができ、それでほぼ一斉に方向を変えることができるのです。これが本能として備わったすばらしい能力の一つなのです。
 では、そもそも、どうして、群れを作って行動するのでしょうか。それは、結論を言えば、種族保存の為です。外敵から種族を守ろうとする本能です。鰯などの小さな魚は、ある程度大きな群れをなさないと種族が保存できないからです。群れをなしていると、餌として狙ってくる大きな魚や鯨などに発見されやすいので、かえって危険ではないかとの 疑問もあります。しかし、鯨の胃袋といえども、鰯の大群をいっぺんに全部食べてしまうことはできません。あまりにも広い海に、鰯が一匹づつばらばらに散らばって、万遍なく泳いでいたとすると、ここの鰯が外敵にで会う確立は非常時高くなり、全滅する可能性が あります。多くの鯨や大方の魚が、トロール漁法のように、口をあけたまま回遊すれば、際限なく鰯はその口に吸い込まれて鰯は絶滅します。 しかし、鰯がいくつかの大きな群れをなして移動していると、一匹づつばらばらの時よりも、外敵に出あう確立は少なくなり、襲われても全滅を防ぐことができるのです。
 こんな生活の知恵は、けっして「鰯の学校」があって、そこで鰯の子供を鰯の親や先生が教えた事によって出来たものではありません。「物心」がついて理性的な分別をしたために鰯が集団行動をしているのではないのです。これは、生まれた時に既に備わっている能力なのです。鰯には、理性がなく、「鰯の学校」もありません。このことは淡水(真水)の中で住む魚でも同じです。ですから、「めだかの学校」も嘘です。「誰が生徒か先生か」分からないのではなく、学校それ自体がないのです。群れをなさずに、「一匹ずつ自由に暮らす権利がある」とか、「一匹づつ鰯権(人権?)がある」などという「個人主義」は完全に否定されるのです。それを実践することは死に直結します。本能が劣化した者や本能が弱い者が、群れから離れるのです。これは他の動物についても同じです。ですから、個人主義というのは、本能を否定して あえて自滅の道を進む死のささやきなのです。
 そして、これは決定的な事ですが、鰯が一匹づつばらばらに泳いで生活しているとすると、危険も多い上に、雄と雌とが出会う確立も減り、仮に、出あって卵ができても、その卵を外敵から守ることもできません。子孫を残すことが難しいので絶滅する危険性があるのです。だから群れるのです。「子供を作らない権利がある」などという個人主義は、ここでは全く通用しません。つまり、群れをなすことによって、多くの鰯の雄と雌とが集まることになり、まとまって効率的に多くの子孫を残すことが出来るのです。ですから、群れの中心にいるのは、産卵する雌の大群です。産卵期になると、雌の群れを全体の中心にして、雄の群れは、それを外側から取り巻いて雌の大群を守ります。外敵が来れば、命がけで自分を犠牲にしてまで卵を持つ雌の群れを守るのです。
 しかし、外敵の餌食になったり、外敵に立ち向かう鰯の雄だって、本当は自分の命が惜しいはずです。自己保存本能があるからです。それでも鰯の雄はその身を犠牲にしてまで、鰯の雌と卵を守るのです。鰯は漢字で「鰯」とかいて、弱い魚と思われがちですが、鰯の本能は鰯を強くするのです。それは、これまでも話をしましたとおり、自己保存本能よりも、種族保存本能の方が高くて強い本能だからです。 自己の命と守ろうとする当然ともいうべき「欲望」を抑えてまで種族全体を守ろうとする「欲望」の為に行動するのです。つまり、「個体の欲望」を抑える「集団の欲望」が本能の序列において優先するということであり、「欲望」を抑える「本能」があるということです。ですから、「欲望=本能」ではないことが分かります。
 皆さんも機会があれば水族館に行って、男と女は親となって自分を犠牲にしてでも子供を守り男は子供を産む女を命がけで守るという本能を強くする自習をしてみてください。
平成22年10月24日記す 
南出喜久治
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