スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

数え年と暦

大和言葉で一から十まで数えると「ひふみよいむなやこと」、一(ひ)から十(と)までの数霊の全てを兼ね備えたのが人(ひと)とされてきました。「一から十まで」という表現は、今でも、始めから終わりまでという意味のように全事象を指し示す言葉として通用しています。特に、事物の始まりと終わりを神聖なものと認識して祭禮を執り行いました。そして、年、月、日、年号でも、その始め(初め)は一(元)であり、人の生まれの始め(初め)は一歳というように、人の暮らしと営みは農事と儀式の暦に従い、四季の移り変わりとともに月日を重ねてきました。
ところが、権力的干渉によってこの伝統文化が破壊され、人の年齢だけは、その生まれの初めを零歳とすることが法律で決められて今日に至っています。それは、年齢計算ニ関スル法律(明治三十五年)と年齢のとなえ方に関する法律(昭和二十四年)の二つの法律によるものです。
しかし、「いのち」は、母の胎内から始まり、出生から始まるものではありません。もし、年齢というものを「生命の年齢」、「生命年数」という意味に理解すれば、法律で強要された、いわゆる満年齢という数え方は、単に「出生後の生存年数」に過ぎず、「生命年数」とは全く異なります。その点、伝統的な数え年は、もののはじめが一であるという数霊に適うものであると同時に、この「生命年数」の理念に最も近いものでした。受精から出生までの十月十日を出生時に一歳と認識して、その後の齢は暦計算に基づいて重ねていくものと捉えれば、生命年数の捉え方の理念としては最も合理性があると認められるからです。確かに、数え年という年齢計算は、科学的に正確な生命年数ではありませんが、太陽暦によっても、一年は三百六十五日ではなく、閏年や閏秒があることから、年齢計算を暦計算で行うことはやはり科学的には不正確と言わざるを得ません
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。