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大日本帝国憲法 ―これぞ我らの憲法―

4月21日(土)、チャンネル桜にて「討論!どうする日本国憲法!?連続大討論Part1」が行われ、南出喜久治氏が出演した。1時間目はどのパネラーも南出氏の新無効論に大変関心があり、日本国憲法が無効であるとの主張に誰もが同調していたように見えた。もはや、保守陣営にとっては、日本国憲法が無効であることは自明の理となった感がある。しかし、南出氏を除く討論の出演者には、日本国憲法が無効ならば、その後どうなるのか、また、日本には憲法がない状態が続くのか、という疑問が生じたようである。

もちろん、そのようなことはない。ここからが大事なのだが、大日本帝国憲法(明治憲法)は現存しているのである。これは法理論としても妥当な説である。もし、この説に対して、「そのようなことはあり得ない」だとか、「どう考えてもそう思えない」とか言う人もいるだろう。しかし、そう言う人こそ、GHQの占領政策の餌食となっており、未だ洗脳状態にあると言わざるを得ない。つまり、GHQが占領政策の管理法である日本国憲法(南出理論では講和条約に転換する)を様々な工作を重ね有効に見せかけた結果、帝国憲法が現存していることを「封印」したのだ。日本人はこの事実を強く自覚し、これまでの誤った認識を変更しなければならない。

帝国憲法が現存していることを自覚できないからと言って、失われた(失効した)訳ではない。戦後、日本人は親を取り違えてきたのだ。凄まじい工作により占領憲法を「すばらしい親」だと刷り込まれただけなのだ。かと言って、偽物の親が血を分けた親になるはずもない。実の親は帝国憲法である。まだ生きているのである。ところが、GHQは実の親である帝国憲法はおっかない親で、間違った教えをするのだと、戦後一貫して教え込んできた。

日本人ならばここで一度確かめなくてはならない。実際に皆さんの目で、一切の偏見を捨てて、素直な気持ちで帝国憲法を読んでもらいたい。そうすると、実に懐かしい気持ちで親と再会できるはずだ。

「大日本帝国憲法を一度この目で読んでおこう」という素晴らしい志の方はこちらをクリック

以下、帝国憲法が現存しているということに関して大変参考になる南出喜久治氏の文章を引用した。長くなるが大事な箇所である。最後まで読んでいただきたい。

≪マッカーサーが厚木基地に舞い降りたとき、口に咥えたコーンバイプに右手を添えて、左手には「玉手箱」を持っていた。この玉手箱は、アメリカで作られた日本の「主権」が入っているとされた。戦前、我が国でこれを見たと吹聴するいかさま師も居たが、実際は今まで誰も見た者が居ない。そして、これが、占領憲法を作るときに必要なものだとされ、後日になって「天皇」の手から「国民」にこの玉手箱が渡されたかのような儀式が政府と帝国議会を中心に演出されて占領憲法が作られた。ところが、この玉手箱の中には何も入っていない。そのことを知っている学者や政府の者も居たが、殆どがすべてがマッカーサーの僕として利益と保身を保障され、命ぜられるままに立ち振る舞ったことから、全ての臣民が騙された。しかし、これを開けば、虚僞の証である黒煙が立ち上り、これまで虚構の政府組織によって営まれてきた長い時間の径過が全て無駄で有害であったことを誰もが気付くはずである。

マッカーサーの玉手箱は、未だに開けられていない。これを断行する志と勇気があれば実現できる。そのための意識改革が必要となる。これによって帝国憲法を復元して神州の正気を甦らせるのである。

しかし、占領憲法は、憲法としては無效であるが、講和條約(東京條約、占領憲法條約)として成立したと評価できるものであって、その意味で帝国憲法は未だ改正も廃止もされずに現存するものであるとの認識からすれば、帝国憲法を「復元」するというのは、いささか誤解を生む表現と言える。

我々は、戦前、戦中、被占領期、獨立回復後を通じて現在まで間断なく、「帝国憲法の下で生きている」のである。正確に言えば、帝国憲法を含む正統憲法の下で、そして、規範国体の下で生きているのである。国璽は、戦前から現在に至るまで、我が国の国璽の刻字は、「大日本国璽」のままであり、我が国名は、「大日本帝国」であって、その成文憲法は「大日本帝国憲法」なのである。

つまり、論理的には、帝国憲法を復元する必要はなく、それが現存することを正確に認識し、これまで占領憲法を最高規範であるとしてきた誤った認識を改め、その誤った認識に基づく運用などを是正する措置をとるということであり、いわば、占領憲法を憲法であるとする「錯覚からの解放」、「誤認からの解放」、「洗腦からの脱却」による「意識の復元」から始めなければならない。帝国憲法が憲法であるとする意識の復元であって、過去の帝国憲法時代をそのまま復元する時代錯誤を求めるているのではない。

事実の「認識」(狭義の認識、知覚)とその「評価」(価値判断)というのは、簡単に区別できるようで、実はそうではない。例え話をしてみる。透明のガラスコップの中にその半分の飲み水が入っていたとしよう。事実の認識としては、水の量が半分あるということである。ところが、人は、先入觀というものがあって、直感的に、半分「しか」ないとか、半分「も」あるとかという価値判断を瞬時にしてしまう。それはどうしてかというと、喉の渇きを感じている人は、水の量が少ないと感じるだろうし、そうでない人は多いと感じるからである。

この程度のものなら認識と評価の区別はできるが、もう少し複雑になると様相が変わってくる。たとえば、誰でも一見して判別できる場合ではなく、ある程度の調査をしなければ判別しえない事例の場合である。たとえば、透明でない密封の容器に水が入っているか否かが不明な場合、自らが手に取ってみたり搖すって調べることができない環境にあるときは、それを実行してみたという径験者の判断に従って推測することしかない。「堅白同異」(荀子)という言葉がある。これは、白い石に手を觸れずに目視すると、それが白いことは解るが堅いことは解らない。他方、目を閉じて手で觸れれば、それが堅いことは解るが白いことは解らないのである。しかし、手に觸れると同時に目視すれば、堅くて白いことはすぐに解るし、人は、視覚や觸覚など五感の作用によって全ての事象を認識できていると信じている。

ところが、占領憲法の效力論というような「複雑系」の事象などについて、その過去の径緯にかかる歴史的事実や法律的事実の認識や個々の事実の評価、それに法的判断を綿密かつ正確にすることを誰でもが簡単にできるものではない。そうすると、一部の事項については独自にできても、その大半は他人の調査や認識と判断に頼ることになる。そして、その他人の認識や判断を無條件に信じてしまうことも多い。しかも、その他人は、自己に批判的な者ではなく、近親者であったり思想や信条を共通する者である場合が多い。たとえば、殆どの人は自分の誕生日を記憶しているが、それは自己に関する体験事実であっても、自己が体験時から記憶している認識事実ではない。後で、誕生に立ち会った親兄弟などから教えてもらって、あるいは戸籍の記載から、その年月日が誕生日として正しいとして信じているだけである。それが反復されて、学習効果により確信に変わる。

しかし、これは他人の認識を正しいものと評価して自己の認識としただけである。ここでは、認識と評価とが混然としていて、峻別することは困難である。ところが、このようなことは、その経験者である他人が嘘をついていたり、錯覚していたらどうなるのか。後でそれが間違いであったことが解っても、俄に信じがたいと違和感を抱く。むしろ、それまでの刷り込みのために、間違いのまま押し通そうとすることも多い。このように、認識とその評価と言っても、人の知見と判断は極めて危ういものなのである。

これと同じように、歴史的事実と法律的事実を科学的に詳細に検証すれば、帝国憲法には未だに憲法としての妥当性と実効性があり、占領憲法にはそれがないと認識できるとしても、多くの人々は、そのような研究を綿密にして独自に認識して判断する機会がない。そして、これまでのマスメデイアの虚偽報道や敗戦利得者の憲法学者や政治家などの保身による虚偽の説明を信じて、占領憲法が憲法として有効であると喧伝されて先入觀を植え付けられると、占領憲法の制定径過などに関する具体的な事実は殆ど認識していないのに、それが「有効」であるとする評価だけは反復による学習効果によって確信に至ってしまう。人々はそのように誤って認識と評価をしてしまうのである。それは、誕生日の間違いなどという類のものではない。社会人になってから誕生日を訂正したり、その訂正を自覚をして生きることは、社会生活においてある程度の不便さはあるが、占領憲法の場合は、そう簡単ではない。職業や人生観とも関わってくる。そのため、「わかっちゃいるけどやめられない」という惰性を続けることになる。そして、そのことによって自己が敗戦利得者であったことを密かに自覚することになる。

しかし、憲法学における科学的知見としては、それでも帝国憲法は存在しているのである。多数決で真実が何であるかが決まるのではない。

戦後の大きな錯覚は、GHQへの「服従」と「迎合」がなされたことから、それまで継続してきた戦闘や爆撃による死と飢餓の恐怖から解放された心理状態を「平和」と勘違いしたことである。「服従」の始まりを「平和」の始まりと錯覚した。「あゝこれで今日から逃げ惑わなくてよいのだ。」という安堵感をあからさまに表現することに恥じらいつつも、これに馴致してくると、ついには劣等感や屈辱感をかなぐり捨て、これを維持することが「平和」であり、「正義」だとして声高に喧伝することが快感へと転嫁する倒錯が始まるのである。人は個別的な「戦闘体験」はできても全体的な「戦争体験」をした者は誰も居ない。自己の味はった敗残と疎開などの悲惨な個別体験があることを以て、その体験がなかった者に対する特権意識を抱き、それを肥大化させて、これこそが「戦争体験」であると普遍化し、そのトラウマから生ずる厭戦感情によって「不戦の誓い」のみで「平和」が実現できると錯覚した者の喧しい声が戦後空間を埋めつくした。「部分の性急な全体化」によって、「一斑を見て全豹を卜す」のであればまだしも、えていシズムの倒錯に陥っている。

このような錯覚は、天動説と地動説との論争に似ている。コペルニクス的転回を果たしたとしても、地球上の人の営みに何ら関係がない。敗戦利得者は、どうしても天動説(有効論)に固執して、ガリレイを宗教的に弾圧としたと同様に、地動説(無効論)を唱へる者を弾圧したり排除し続ける。これは、まさに一種の宗教(占領憲法真理教)である。「国民主権」を絶対神と仰ぐ一神教である。しかし、科学的に考察すれば必然的に認識が転回するのであって、その究極は両動説(講和条約説)による認識が確立されるということである。「それでも地球は回っている」のと同様に、「それでも帝国憲法は現存している」のである。

そして、このように自覚することによって、「無効規範の転換」という「認識の転換」が実現できれば、将来の営みに文化的な豊かさをもたらすことになる。≫


引用箇所
南出喜久治著『國體護持總論』第5巻 第5章
 
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