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世界支配からの脱却

現在、世界経済の体制は大東亜戦争末期の1944年7月にアメリカのニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで開かれた会議により決定したと言われています。いわゆる「ブレトン・ウッズ体制」です。この言葉で我々がまず思い出すのが、金1オンスを35ドルで兌換(だかん)する「金本位制」や1ドル360円という「固定相場制」が採用されたことではないでしょうか。すでに、1971年に「金本位制」は停止され、「固定相場制」も1973年には「変動相場制」に移行しました。だから、もうこの体制が終了したと考える方も多いのではないかと思います。ですが、この体制により設立された国際協定と国際機関が現存しているのを忘れてはなりません。GATT(のちのWTO)「関税及び貿易に関する一般協定」とIMF「国際通貨基金」、IRBD「国際復興開発銀行(世界銀行)」です。IMFは世界の為替管理を行い、GATTは投資と貿易の管理を、IRBAは戦後復興の推進を担うことになったのです。そして、重要なことは、これらすべての機関が(共産圏は排除されたが)戦勝国に都合の良いルールを、特に、アングロ・サクソンがヘゲモニー(覇権)を握るルールを構築したということです。

この体制に逆らうことは容易ではありません。なぜなら、米ドルが世界の基軸通貨となり、国際貿易の決済が米ドルで行われるため、アメリカの気に入らない国はいとも簡単に経済制裁を受ける構造が確立しているからです。ドル決済の場合、アメリカの銀行の口座で取引が行われることになります。従って、アメリカ政府がその銀行に「仲介するな」と口出しすれば、国際取引は停止するのです。これで制裁が完了です。イランがこれで苦しめられています。この例はアメリカの世界支配の一例にすぎません。その他、アングロ・サクソンのヘゲモニーを端的に示す材料として国際金融に関する法律があります。それは英米法に則っており、裁判所もアメリカにあり、英語で行われます。非アメリカ国間の訴訟でも同じです。

アメリカがいかに有利な立場で世界経済を握っているかがお分かりいただけたと思います。その結果、世界はどうなったでしょうか。賭博経済に陥り、世界の富の4割を1%の人が握っているとも、あるいは、それ以上とも言われています。その一方で貧困が先進国にも蔓延しております。しかも、アメリカ国内においてさえ、貧困が増大し、フードスタンプ(生活保護)の受給者が5000万人に達したと報道されました。なぜ、世界はこのような失敗を犯してしまったのでしょうか。理由は簡単です。アングロ・サクソンが今日においても植民地主義の延長として世界支配を企んでいるからではないでしょうか。世界支配と述べると、ユダヤやフリーメイソンのような陰謀論を思い出す方も多いでしょうが、そのようなつまらない発想ではなく、世界の現実を見なければなりません。19世紀には大英帝国が世界の大半を植民地支配しました。現在では斜陽と言われるもののアメリカが世界を経済的にも軍事的にも支配し続けています。もちろん、まだ完全支配には至っておりませんが、将来的にはそれが強引に実行されることも考慮に入れる必要があります。そして、このような支配を可能にする思想とは一言で言って「強欲」以外の何物でもありません。事実として、アングロ・サクソンは世界の陣取り合戦において勝利し、搾取をしてきた民族です。また、彼らは残念ながら、共生の思想を持ちえませんでした。「ルール」の思想が明瞭だったのです。つまり、「ルール」とは「規則を作る」ことと「支配する」ことの2つの意味がありますが、これにより、人間中心社会どころか、白人中心の世界を構築したのです。

このような「強欲」に対して、我々日本人はどう対処すればよいのでしょうか。私は自立再生社会(まほらまと)の実現以外にはあり得ないと考えております。つまり、生きとし生けるものすべての生命がこの一つの地球で共存するという「謙虚」且つ「譲り合い」の精神のもと、人間だけが、しかも一部の人種、階層の人だけが富を享受するのではなく、少しでも多くの生命が共生の実践を歩むことができる世界を構築することが必要だと考えます。以下、南出喜久治氏の著書『まほらまと』の一節を引用しました。参考にしていただきたい。

≪地球は、人類だけではなく、生きとし生けるもの総ての生命の総体であり、複合的な生命の星である。地球上の総ての生命は、運命共同体の地球という大きな一乗の「オノコロシマ」という「宇宙船」に乗っている。今まで、余りにも人類中心の観点から「人権」が過度に強調され、人類の「生存権」のみが意識されてきた。さらに、「人類」を一つとみることなく、人種・民族・宗教などの区別と差別がなされて、さらに同じ民族間でも、その差別は歴史的・社会的に細分化されていった。
 これらは、人間以外の動植物は、人間の生存を維持するための「いけにへ」としてのみ存在するのだとする「人間中心主義」に由来する。これは人類の生存しか価値がないとする生命体間の差別思想であり、これが人間相互間の差別思想の原型となっている。この思想を契機として総ての差別化が促進されてきたことは歴史的事実である。これからは、人と地球を含めて、生きとし生けるもの総ての共生を実現しなければならない。
 人は、その置かれている社会現象と環境の影響下で学習し教育を受けているのであるから、社会現象が歪めば学習と教育が歪み、人も歪む。社会現象は、社会実体の反映であり、社会現象の歪みは、社会実体の歪みであるから、これを是正するには、先ず、学習と教育の是正に取り組まなければならない。現代教育の大きな歪みは、現代社会の実体の歪みを直接に反映しているのである。≫

こちらの動画も参考にしていただければ幸いです。

参考文献
南出喜久治著『まほらまと』
真田幸光著『世界の富の99%はハプスブルク家と英国王室が握っている』
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