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まほらまと と 商人道 =みすまるお話 ①=

南出塾長の過去のお話を文字お越ししていただいたものを順番にアップしています。
久しぶりに少し前のお話を・・・こちらのお話はUーTUBEではUPしていませんので、多分多くの方が初めて目にされるお話です


平成22年5月にうけひのもり学園で熊本に行った際のバスの中でのお話です。
朝、みんなで熊本県護国神社に昇殿参拝させていただき、境内の戦争歴史資料館を見学した後、バスの中にて、商売とは、仕事とはどうあるべきかについてのお話をして頂きました。

新年度がもうじき始まりますし、少しづつUPして参ります。


今、熊本県護国神社を参拝しまして、非常に、胸に迫る気持ちが色々ありまして、そんなときにあの商売の方向性という話しをさせていただく事になるんですが、生きている者の勤めとして、しっかりと生活をしていく必要がありますんで、商売のことについて話をさせてもらいたいと思います。

短い時間ですので、前置きは抜きにしてお話しますが、まず、『まほらまと』の考え方からいくと、そもそも仕事の方向性というのは分業化する、分散化する方向ではなくて、それを全部収束していく、一つのものに集めていく、スペシャリストではなくて、ゼネラリストという方向に、職業においてもそういう方向でやっていく必要があるということがまず、これからの方向性だと思うんですね。
抽象的にはそういう方向性なのですが、具体的にどういうことをするかをお話したい。

ずっと昔から言われてることですが、ひとつのたとえ話として、近江商人、つまり江州商人。今の滋賀県の江州商人と大阪の商人、浪速の商人とが2人旅をしていた。とある村にさしかかった時にその村は人口も少なくて、なぜ人口が少ないかと言うと、そもそも水が少ない。その水の少ない村にさしかかった時に近江商人と浪速商人とそれぞれまったく別の反応をした訳なんです。
近江商人の場合は、水が少ないなら、水を売れるじゃないかというように言ったのに対して、大阪の商人は、水の無いところで商売してもいっさい儲からん。こういうところでは商売は止めとこと言ったのね。

この話は、常に江州商人つまり近江商人のいわばがめつさというか、なんでも金にするというような非難めいた話として逸話として残っているんですがこれもう一度考え直す必要があるんではないか。

経済効率と言われている発想からすると水の無いような所は農業も生活もできないだろうし、当然人も少なくなる。そういう所ならば商売しても儲からんということは確かに一理あるんですね。今の経済観念からすると当然のことと思います。
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