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生きる物への感謝 =古館アナの発言より=

あまりテレビでの話題をこちらのブログで取り上げるのはどうかとも思うのですが、
古館伊知郎アナウンサーの原発ムラ 発言がニュースとなっていますね。

こちらの番組を昨日見ていましたので、少し取り上げさせてもらいたいと思います。


この番組の中では歌手 長渕剛と共に古館伊知郎が、被災地のあちらこちらに行きます。

二人で原発による立ち入り禁止地域に防護服を着て入るシーンがありました。
この地域では立ち入り禁止ですので、当然、家畜の世話をする人もそのまま家畜を残し、避難されています。
残された乳牛、肉牛が安楽死させられ、その遺体が放射線廃棄物として扱われる為、未だ埋められずに穴を掘ったブルーシートの上に放置されている。
(その牛の死骸はTVではモザイクがかけられていました。半分くさり、目が飛び出て・・・というような状態だと長渕剛の言葉にはありました。)

古館アナはこれを何が何でも視聴者に見せるべきだった、後悔しているという発言をしたのです。


その後、人間の身勝手さや東京の不要な電気の明るさの話につながり、原発は不要なのではないかという所からあのニュースに至るわけです。

さて、口蹄疫で宮崎で多く牛が殺された時もこの牛の殺処分は行われました。
口蹄疫の時はもっとひどく、本来自然治癒する病気であるのに『市場が心配する。価値が下がる』という理由で 、何の罪もない牛がどんどん殺処分されてしまったのです。

今回も、原発で被爆している可能性があるので市場に出せない。他の牛の価値まで下がる。という人間の勝手な理由で今まで、ありがたく牛乳を飲ませてもらったり、食べさせていただいていた牛をどんどん殺す訳です。


本来、私たち日本人は食べ物を頂くのは、お米は神様がいる、お百姓さんの八十八の手数がかかっている(それで米という字を書く)
お魚、鯨も命をいただいているという感謝の気持ちで、全てをありがたく食べたり、利用してきた民族だったはずです。
日本語で牛や豚、馬などを『家畜』といいます。『家』の中に存在する動物なのです。

例えば、同じ仲間が大変な目にあっている時に、なんだか分からないけれど、その人が近くにいると自分に何か悪影響がありそうだから。だから何もしないで殺してしまえ!というのと変わりない事ではないでしょうか?
(誤解のないように書かせていただきますが、決断した農家の方が悪いと言っているのではありません。苦渋の決断であることは理解しています。私たち日本人の生き方の問題です)


いつの間にか、この命を頂いているという生き物への感謝を忘れていませんか?便利で贅沢な暮らしばかりを追い求めていませんか?
もちろん昔の生活に戻ろうと言っている訳ではありません。



ただ、 私たち一人一人が、個人の便利さばかりを追い求めるのではなく、生き物への感謝の気持ちをもう一度見直すべきなのではないでしょうか?
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