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祭祀の道 = 第三十六回 大和心と祭祀 = UPしました 1/2

公式HPに毎月掲載されています。祭祀の道 3月1日に掲載されていましたので、転載させていただきます。

本日と明日の2回に分けさせていただきます。
元は 正統仮名遣いでかかれていますが、こちらに掲載する際に 今の仮名遣いに直してあるのと一部、読み仮名等をつけてあります。

早く続きが読みたいという方は こちらからどうぞ → 國體護持塾 HP


(青少年のための連載講座) 祭祀の道

           第三十六回 大和心と祭祀

                    南出喜久治
                    平成二十四年三月一日記す


おやかみを いつくこゝろの まめしさは やまとこゝろの まなかにそびゆ
(祖を 齋く心の 忠實さは 大和心の 眞中に聳ゆ)

 大和心(やまとごころ)とは何かと人に尋ねてみたとき、漢心(からごころ)ではない、大和魂(やまとたましひ)、大和心延へ(やまとこころばえ)だと説明されても、何のことかよく解りません。漢心とは違うと云うのであれば、それでは漢心とは何かと尋ねると、大和心ではないものであるとの答えが帰ってきて、結局は循環論法に陥ってしまいます。

 敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花(本居宣長)。
 このような直観で説明した方が、論理で説明するよりも理解できるものが大和心なのかも知れません。

 一般には、自然で素直、清浄、そして、優美で柔和、寛容、しかも勇猛果敢な心が大和心であると説明されていますが、それでは、漢心はその対極にあるのかと云えば、そうとも言い切れないのです。支那などの外国には大和心と同じ心根が一切なくて、我が国だけにある心根というものでもなさそうです。民度の違いにより、その心根を持つ人々の割合や程度の違いがあるにせよ、どの国にもどの民族にもそれなりに持っている心根であり、決して我が国だけにあるものでもありません。これは、有無の問題ではなく、程度の問題なのです。

 この有無の問題と程度の問題とを混同してしまうと、いつしか外国人や外国の文物等を全否定する「排外思想」に陥ってしまい、その結果、一番肝心の大和心を失ってしまうというジレンマに向き合うことになります。排外思想の実践に執念を燃やし、他民族を十把一絡げに罵る人は、完全に大和心を失っています。個々の行為について、大和民族であろうと他民族であろうと、それが誰であっても、正しいものは正しいとし、誤っているものは誤っているとして行動することが大和心の実践のはずです。しかし、排外思想というのは、二者択一のデジタル思考であるために、行為の正邪ではなく、民族の相違だけですべて決着をつけてしまいます。人の心や実践とは無関係に、他の民族に悪口雑言を浴びせて全否定しますので、誰に対しても嫌悪感を与えるだけで、誰からも納得と共感を得ることができません。欲求不満のはけ口として単なる自己満足に終はり、自らを虚しくし誰も幸せにしません。

 類は友を呼ぶが如く、霊格の低い排外思想に染まった人々が群れて閉鎖社会を作り、群集心理に勢いを借りて排外活動を繰り返し害悪を撒き散らします。少しでも大和心を理解しようとする他民族全体を離反させてしまひます。このような排外思想に染まった人は、初めは大和心に目覚めていたのかも知れません。ところが、様々な要因により排外思想に凝り固まって大和心を歪め、憎悪を際限なく拡大して結局は大和心を完全に失ってしまうという皮肉な結果となるのです。実に悲しいことです。

 また、「排外思想」も大和心ではないのと同じように、骨の髄まで漢心に染まった藤原惺窩(ふじわら せいか)などの「拝外思想」もまた大和心ではありません。これは一字違いですが、大違いです。外国人や外国の文物、思想、生活様式などに極端に反発して自己を見失う「排外思想」は勿論のこと、これとは全く逆に、これら外国人や外国の文物などのすべてを崇拝して自己を見失う「拝外思想」も大和心とは相容れません。これまで、大和心の反対語を漢心(からごころ)として使ってきたことから、漢心という拝外思想に対抗しようとして、その対極として排外思想が生まれたのです。

 そして、これが大和心と同じであるとの錯覚が生まれました。しかし、大和心は排外思想とは無縁です。排外思想と拝外思想とは両極端に位置し、いつの時代にも両者の対立がありましたが、大和心は、これとは隔絶した中庸の位置にあって均衡を保つてきたのです。
 また、排外思想は、国粋思想とも異なります。大和心は国粋思想と親和性があります。排外思想は、外国人か否か、外国の文物か否かというように、内外の領域(境界)を意識しますが、国粋思想は、国の中心に聳える基軸の気高さ(誇り)を意識します。いわば、排外思想は「水平区分」であり、国粋思想は「垂直区分」と云えます。

 ところで、この大和心と似たものとして、武士道があるとされています。武士道と同じだとする人すら居ます。みだりに人を殺したり、攻撃することは武士道ではないとしますので、大和心と同じだとすることにも一理ありそうです。

 しかし、武士道というのは、歴史的には武士の起こりとその進展に由来するもので、主君のために命を捧げることが基軸となっています。武士とは、庄園の発達段階において、百姓(公民)から公家の僕として年貢を徴収し外敵から庄園を防衛する役割を与えられた武装集団(自給自足集団)から発展したのですから、主君の命令(主命)に忠実に従うのが武士の本領です。武士の起こりにおいて、その主君は公家であり、そして公家は天皇に仕えることから、武士は間接的には天皇に仕えることになりますが、一般的には、親兵(天皇の親兵)や北面の武士(上皇の親兵)のように、直接に天皇や上皇の指揮を受けて警護する役目とは異なります。

 歴史的には、主命に忠実であり、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」として死地に臨む胆力を練り上げることが武士の本領であることから、その後、このことを基軸として、時代が下がるとともに大和心を取り込んで構築されたものが武士道なのです。
 ですから、武士道は比較的新しいものであり、それ以前の大和心の総体と全く同じものではありません。武士道と大和心とを同じとすることはできませんし、武士道だけを以て大和心を再構築するというのも、少し無理があります。

 では、何を以て大和心を再構築するのでしょうか。それは、やはり祭祀の実践です。武士道(もののふのみち)は祭祀の道につながります。そして、大和心の源流は祭祀であることを再認識する必要があります。

 祭祀の道を守ることによって、大楠公(楠木正成)に従った小楠公(楠木正行)の歩んだ「忠孝一如」、「忠孝両全」に到達します。「ちちははと とほつおやから すめみおや やほよろづへの くにからのみち」(父母と 遠つ親から 皇親 八百万への 国柄の道) という感謝道を進んで、祖先祭祀、自然祭祀そして英霊英傑祭祀を実践すれば、「皇道は公道なり。士道は私道なり。」ということが自ずと理解できます。また、祭祀の道は、和歌の道であり、大和心とは歌心であることも解ります。そうすると、前に掲げた本居宣長の歌も心と体にしみこんでくるはずです。

 この感謝の心は、祖先から命を受け継ぐことができたことの素朴な気持ちが生まれます。そして、今日に至るまで命を育んでもらった自然、社会や国家を守り続けた英霊と英傑に感謝する心を伝えるのが祭祀です。この感謝の心は宗教からは生まれません。宗教は神仏に感謝するものであるといふ反論がなされそうですが、宗教の本質は、「恐怖」です。恐怖から逃れるために神仏にすがります。それによって逃れられると信ずることによって感謝が生まれます。つまり、この感謝は恐怖の裏返しであり、恐怖から救済してもらえることの切実な期待です。ところが、誰も救済されることの保証を貰っていません。そう信じているだけです。神仏がほんとうに居るのか、そして、救ってもらえるのか、という保証は全くありません。すべては、こんなことを一切疑わずに、無条件で信じることから始まるのです。

 あなたは神の子です、仏の子です、と牧師や僧侶などから云われても、実感は湧きません。しかし、親から、お前は私の子だ、と云はれれば直ぐに納得できます。神の子とか、仏の子である前に、親の子であるとの自覚が必要です。それが祭祀の入口です。

 職業的宗教家から、神仏に守ってもらっているし、救ってもらうので感謝しろと云われても、どんなふうに守ってくれて救ってくれるのかなどと、ついつい聞きたくなります。ところが、そんなことを聞くのは神仏を疑っていることになるので信心が足りない、そんなことを云っていると地獄に落ちるぞ、もっとしっかりした信心を持て、などと云われて脅かされます。そこで、しかたなく地獄に落ちる恐怖から逃れるために、信心を持とうとするのです。しかし、疑いも持たずに「盲信」できる人は僅かです。「盲信」と「妄信」とは紙一重です。そして、殆どの人は信心を持った素振りをするのです。信心を持ったつもりでいるのですが、それは「妄心」です。ですから、やはり信心とは恐怖の裏返しとなる奴隷道徳の実践となっているのです。
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