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宗教団体と宗教法人

これまで国のことを「統治」(治めること)の面だけで捉えられることが多かったのですが、もっと大事なことがあります。それが「祭祀」です。国には「統治」と「祭祀」の2つの大事な面があるのです。

この「統治」と「祭祀」の関係は「宗教団体」と「宗教法人」との区別と似かよっています。これもひな形構造と言えます。日本には信教の自由という、どんな信仰を持ってもよいという決まりがありますので、どんな「宗教団体」を設立するのも自由です。しかし、それが、社会的な組織としての「宗教法人」となるには、国に許可を受け、決まった法律にのっとって運営されなければなりません。

「宗教団体」は教義や儀式、行事などの祭祀の部門は自由なのですが、それを支えるために財産を蓄えたり、その処分をしたり、管理したりします。そういった財務の部門では国の許可が必要で、これが祭祀の部門と一体となって存在しています。だから、宗教団体には宮司、住職、法主など色々な呼び方がありますが、祭祀をとり行う「祭祀主宰者」と、その運営のためお金にたずさわる「財務主宰者」や「体表役員」がいて、国や自治体のもと「規則」にもとづいて運営されるのです。ここで大事なことは祭祀と財務は完全に分離されていると言うことです。

実は国を考える場合にも、今、述べたことが非常に参考になるのです。国の成り立ちには色々あり、氏族、部族が自然に集合してできた「伝統・自然国家」と、これを否定して革命などによりできた「革命国家」に分けることができます。これらはともに国なので、国民や領土というものを維持するための財務の部分がありますが、特に、「伝統・自然国家」の場合はこれに加えて、神話や民族信仰などによる祭祀的な部分があるのです。逆に、「革命国家」は、社会契約や革命理論という考え方をもとに国を作っているため、信仰とか祭祀という祈りの部分、言い換えれば、祭祀的な要素を捨ててしまっているのです。このことから、「革命国家」は最終的には財務的な国になってしまい、会社などの営利法人に近くなってしまいます。それに対して、「伝統・自然国家」は宗教団体に近くなるのです。

参考図書
南出喜久治 『占領憲法の正體』
  
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