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2.26事件の日 =義憤 という言葉を考える=


今日は2.26事件の日ですね。
日本の状況を憂いての陸軍将校達によるクーデターとされています。
この頃、日本は朝鮮半島を統治し、国家のGDPの内20%以上もの投資を朝鮮にしたのです。

病院の建設、学校の建設
これら施設を作るだけではなく、医者や学校の先生を養成するための学校も作りました。
その結果、朝鮮半島での識字率は10%から65%へ、男性の平均寿命は24歳から45歳へと大幅に上りました

灌漑設備等の充実や森林の植樹
農地が多く出来、わずか30年で847町から1758町へと2倍以上の耕作地が出来たのです。

ところが、人々の寿命識字率が伸びて、穀物もそれ以上に取れるようになり、日本に米を売った方が儲かるという事で、朝鮮半島から日本の本土にどんどん安いお米が入ってきた結果、米の価格が下落し、東北や北陸の農家が生活をしていけなくなり、娘を売りに出すような状況になってしまった訳なのです。


ところでこの2.26事件と大東亜戦争の終結については、昭和天皇が御自ら、ご親裁をなさいました。
国のために何とかと立ち上がった将校達に対して、なぜ、昭和天皇は賊軍であるというご決断をなさったのでしょうか?本庄侍従武官長の2月27日の日記では、

本庄   「彼らの行爲は陛下の軍隊を勝手に動かせしものにして、もとより許すべからざるものなるも、その精神に至りては君、国を思うに出でたるものにして必ずしも咎むべきにあらず」
昭和天皇 「朕が股肱の老臣を殺りくす、かくのごとき凶暴の将校等その精においても何の恕すべきものありや」 「朕が最も信せる老臣をことごとく倒すは眞綿にて朕が首を絞むるに等しき行爲なり」
本庄 「彼ら将校としてはかくすることが国家のためなりとの考えに発する次第なり」
天皇 「それはただ私利私欲のためにせんとするものにあらずと言いうるのみ」 「此の日陛下には鎮圧の手段実施の進捗せざるに焦慮あられられ『朕自ら近衞師団を率い、これが鎮定にあたらん』と仰せられ真に恐懼(きょうく:恐れかしこまる事)に耐えざるものあり」
とあります。

そして、陛下は、「自分としては、最も信頼せる股肱(ここう)たる重臣(自分の手足となってはたらく重臣)及び大将を殺害し、自分を真綿にて首を絞むるがごとく苦惱せしむるものにして、甚だ遺憾に堪えず。而してその行爲たるや憲法に違い、明治天皇の御敕諭にも悖り、國體を汚しその明徴を傷つくるものにして深くこれを憂慮す。この際十分に粛軍の実を挙げ再び失態なき様にせざるべからず。」との御叡慮を示され、反乱軍は賊軍であるとご決断をなさったのです。


2.26事件については、色々な評価は分かれるところですが、反乱将校達自身は、このような日本の状況を憂いて、国のために何とかしようとこのような事件を起こした事は間違いありません。
『義憤』という言葉に対して、冷めた見方ばかりが目立す最近だからこそ、国家の為、家族や仲間を思っての反乱であった部分は顕彰するべき部分でしょう。


引用

くにからのみちくにからのみち
(2009/12/20)
南出 喜久治

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