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ライト兄弟よりも空を飛ぶ日本人のお話=飛行神社=

こんばんは、ちょっと今日はUPの時間が遅くなってしまいました。あまり國體護持塾とは関係がありませんが、
京都八幡市に 飛行神社 という神社についてのお話を・・・

毎年、飛行神社では4月29日には航空機の安全と発展を狙って例祭が行われ、そこには、多くの航空自衛官や民間の航空関係者が参拝されます。

この神社を創建した二宮忠八という方のご紹介をしたいと思います。

香川県丸亀出身、徴兵で入隊中に飛行機のヒントを得て、『玉虫型飛行器』を考案しました。この設計ができたと同時期に日清戦争が始まりました。
日清戦争の戦場の様子を見て、軍用機として開発するべく、軍に申し入れをしましたが、当時の陸軍はそれを信じられない話だと却下。

仕方がなく、自力で開発をする事にした二宮忠八は、製薬会社に勤務して数年をかけ、資金を調達した後、京都の八幡で飛行機の開発に着手します。

その飛行機を飛ばそうという直前、明治36年にライト兄弟が飛行機を完成させて、人を乗せて飛んだというニュースが入り、この後に飛行機を作った所で、ライト兄弟の真似をしたという評価にしかならないと判断をして、断念しました。

この時に陸軍が資金面等で開発に着手していれば、ライト兄弟よりも早く人を乗せて空を飛ぶ、飛行機を作ったのは日本人だったはずです。

大正8年 飛行機の時代へと入り、犠牲者がどんどん増えます。飛行機を志した人間として、これらの犠牲者のために大正4年に八幡の私邸に飛行神社を創建し、航空安全と航空事業の発展を祈願したのです。


神社さんの詳細はこちら
飛行神社

玉虫型飛行器

現在小松の航空プラザに展示されている二宮忠八の設計図から作られた飛行機です。

出展
虹の翼 (文春文庫 (169‐8))虹の翼 (文春文庫 (169‐8))
(1983/09)
吉村 昭

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