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大東亜共栄圏とは独自の貿易経済圏の建設を目指したもの


東京裁判にて無罪の判決を主張されたパール判事はインドの方ですね。今日はそのインドが少しからんだお話をUPさせていただきます。


(誤解のないように説明しますが、パール判事は決して日本にお世話になったので、無罪判決を書かれた訳ではありません。きちんと法や条約に照らして無罪を主張されたのです。)

昭和17年2月16日 東條 英機首相は帝国議会で、大東亜経綸に関する日本の方針を述べました。

「大東亜戦争の目標とする所は我が肇国(ちょうこく/国のはじまり)の理想に淵源(えんんげん/物事の基くところ)し大東亜の各国家、各民族をして各々、その所を得しめ、皇国を核心として道義に基く共存共栄の新秩序を確立せんとするにある」

この頃のインドは日印提携によって、やっと独立の声明を出し、ガンジーやネルーは独立活動のため、逮捕されている状況でした。


『大東亜共栄圏構想』とは

日本と同盟国であるタイ、フィリピン、ビルマ、中国南京政府、満州国、インド国民政府(シンガポールにて樹立した独立を目指す政府)とで、

アジア全体を欧米の植民地支配から脱却させる。

アメリカ等からの石油輸入に依存しない。

独自の貿易経済圏の建設を目指したものだったのです。
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