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「自由」と「平等」とは

「もっと自由になりたい」、「○○する自由」、「男女平等」、「富の平等」など、「自由」と「平等」という言葉は我々日本人にとってすでに馴染深い言葉となっており、社会学・政治学においても、民主主義を担保するための基本的な概念として用いられています。しかし、「自由」や「平等」が大々的にスローガンとして掲げられたフランス革命期において、これらの語は、当初の絶対王政からの解放という目的としては有効でしたが、後のロベスピエールによるジャコバン党独裁政権の時代に至っては、ギロチンを正当化するための言葉に成り代わったのです。つまり、「平等」で「自由」な社会を貫徹することが独り歩きし始め、身なりのいい貴族風の格好をしている人がいれば、その人は「平等」や「自由」を阻む不道徳な存在であるとして、断頭台にかけられたのでした。つまり、フランス革命末期に至るとこれまでの社会の枠組みが解体され、「自由」、「平等」が当初の目的とは異なるおぞましい姿を見せたのです。従って、これらの語を必ずしも肯定的に用いるべきではないというのが筆者の意見です。では、日本人としてこれらの語とどのように接するべきなのか。以下、南出喜久治氏の文章を引用しました。


≪そもそも、自由と平等とは両立しません。自由な活動の結果は、当然に不平等をもたらすからです。この矛盾がフランス革命という集団ヒステリーによって混乱と破壊を生みましたが、その余熱が我が国にまで及んできたのです。

「我日本古より今に至る迄哲学無し」「総ての病根此に在り」と述べるなど、ルソーの信奉者となって「東洋のルソー」を自負した中江兆民や、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」と述べた福沢諭吉など、その他数え切れない文化人と呼ばれる者たちは、それこそ表現の方法や程度の差こそあれ、天賦人権論と社会契約説及び個人主義を振りかざす完全な合理主義者、啓蒙思想家であり、これらの者たちの跳梁が近代日本の始まりを象徴したかと思うと、余りにもおぞましい限りです。

特に、福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」という言葉は、天賦人権論と平等論を端的に表現したものでした。「天」とは何か、「人の上」、「人の下」、「人を造る」とは何か、この意味が正しく探求されないまま今日に至っているのです。天とは、天主、つまり絶対神(God)のことであり、人を造るとは、天主がアダムとイヴを造ったことであって、絶対神と人間とは絶対的上下の関係にあり、人間同士はすべて平等で横並びということです。親子の区別も長幼の序もなく、すべて平面的に平等ということです。福沢諭吉は、天賦人権論というキリスト教の異質な別派の教えに染まり、新たな布教を開始したのでした。そして、その他の明治の知識人たちも、こぞって祭祀を捨てました。

福沢諭吉は、「人の上」が「祖先」であり、「人の下」が「子孫」であることを理解できなかったのです。「人の上に人を造らず人の下に人を造らず」というのは、祖先も子孫も否定し、すべて一律横並びの社会として祖国日本を解体することに尽力することを意味します。≫


参考文献:南出喜久治 「青少年のための連載講座【祭祀の道】編 第十八回 自由と平等」 
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