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近江聖人 中江藤樹の孝行のお話

今日は 中江藤樹 のご紹介をしたいと思います。

近江聖人といわれる中江藤樹
陽明学を学んで鏡草などに表れるように、身分の上下をこえた平等思想に特徴があり、武士だけでなく商工人まで広く浸透し「近江聖人」と呼ばれ、門下生である熊沢番山の考え方は明治維新の原動力ともいえる吉田松陰なども影響を受けています。

近江藩の農家に生まれ、江戸時代の初期に9歳のときに米子藩の武士の家に養子に入った後、国替えのため、伊予大州藩に移ったものの、実の母親が病気になったのです。
この母親の病気の看病のために、辞職したいと願い出たものの藩は認めません。この時に、母親の看病を人に任せるなどするのではなく、中江藤樹は脱藩したのです。脱藩とは犯罪です。その罪を犯しても母親の看病、『孝』を尽くしたのです。
そして、京都に潜伏後、近江で私塾を開かれた訳なのです。

教育勅語には「克く忠に克く孝に」という文言がありますが、まさにこれを実践した人と言えます。
滋賀県高島市に記念館がありますので、是非一度ご覧いただければとも思います。


中江藤樹記念館ご案内
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