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大東亜大戦は聖戦であった=闇米を食べるのを拒否し自決された判事=みすまるお話⑦

引き続き、平成21年4月に京都で行われました、公開講演での南出喜久治先生のお話をUPいたします。
食糧難になる恐れのある現在の日本が過去、大東亜大戦後に経験した食糧難のお話です。


食糧の値段が上がって、買占めや売り惜しみが起こる、その状況の中でどうなるのか。それは現に敗戦直後にあったんですよ。そういう問題が、昭和22年の10月11日に東京地裁の山口良忠という裁判官が配給米、闇米とか闇物資を一切、口にしないということで餓死した事件があります。

この山口判事の餓死事件というのを今、本当は再検証する必要があるんです。あの当時、占領憲法(日本国憲法)は昭和22年5月3日ですから、もうすでに施行されていました。施行の5ヶ月後に山口判事は餓死しました。つまりその段階でももちろんGHQの占領下にありましたからね。


国内産のものに関しては食管法に基づいて配給しました。私が小さい時でも、米穀通帳というのがまだ残っていたくらいで、食管法というのは続いていた訳ね。

GHQからの闇物資、これは国内の流通に回すものと回さないものがある。GHQからの闇はどうしたルートで流れたかというと、基本的にはキリスト教の教会から流れるのね。布教に使う訳。これは支那でも韓国、特に韓国はそうなんです。あの当時、韓国の食料配給はほとんど教会から流れている。韓国でそれは徹底したやり方をして、韓国でのキリスト教の信者の数がものすごく高くなっている、今でも高いです。
食料によっての改心というか信心によってキリスト教信者が増えた。日本の場合は元々教会が少なかったのがもちろんあるんだけれど、その戦略があまりとれなかったけれど、闇物資は流れた。
特に、闇物資の中でもGHQの闇物資もあれば旧軍の隠蔵物資がある。それもGHQは摘発しようとして、摘発する尖兵が東京地検特捜部だった。
東京地検特捜部というのは日本軍の隠した物資を摘発するためのGHQの犬として作られた組織なんです。東京地検特捜部の形でどんどん摘発して、GHQは自分の意のままに動く人間を育てる、物資を与える。

あの当時、闇米を食わなかった人っていう人は一人もいなかったぐらい、食わなかったら山口判事のように餓死する訳。それを命をかけて証明してくれたのが山口判事な訳でしょ。現に、憲法が何やかんやとやっている人たちは食料は足りていたじゃないですか。
例えば吉田茂が果たして配給米だけで食っていたんですか。そういう調査を一遍してみたらどうですか。
必ず、GHQからの特別、ギブミーチョコレート的なもの、それに輪をかけたようなものが必ずあるよ。そういう事で実際のところみんなが占領憲法(日本国憲法)を作ろうとしてた人達は、GHQの闇米闇物資に囲まれてGHQの指示の元にこの占領憲法を作ったんでしょ。だからこの占領憲法っていう言い方をしてもいいし闇米憲法と言ってもいいし、闇憲法と言ってもいいし、結局、闇の中で作られた憲法。

つまり憲法は本当は食料を与えろという時代に、無理やり闇を口に出来てそれなりのことが語れる、余裕のある人がその占領憲法を作ろうとした訳でしょ。余裕のない人は憲法どころの騒ぎじゃなかった訳、そんな時代に作られてる訳でしょ。この憲法は、食管法を本当に守って生きていけないということを身をもって山口判事が示したんであれば、それを下々に底辺層に渡るにはどうすべきかということを本当に検討して、この食管法の改正を本来なら考えるべきなのね。

考えた上でもう一度みんながその衣食足りて礼節を知る状況の中で憲法を考えようというなら話は分かりますよ。決してそうじゃなかった。
だからその警鐘をならしたのが山口良忠判事なのであって、もう一度食料問題との絡みにおいてもしなければならない。
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