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大東亜大戦は聖戦であった=食糧自給と旧日本軍のお話= みすまるのお話③

昨年末にUPいたしました昨年4月の京都での かへるうぶすな の出版記念で開催しましたみすまるでの南出喜久治先生のお話です。
第2回はこちらへリンク


今、何が問われているかという、確かに自衛隊が戦えるような軍隊にすると保守勢力の人たちがいうのだけれども、そもそも憲法の問題があって、不可能な部分があります。
仮に百歩譲って自衛隊が戦うことができたにしても実際、食料エネルギーの自給ができてないような国、砂上の楼閣のような国で戦えるのかと、それが果たして防衛論なのかということをよく自問自答してもらわないと困る。
これは旧軍時代にも同じことがありました。硫黄島とか沖縄戦が語られます。アメリカ軍が上陸して非常にすさまじい戦闘があった、確かに日本人皇軍の将兵というのは非常に勇敢に戦って散っていきました。それ自体は確かにりっぱなものですし、我々の精神はそれを受け継がなければならないけれども、そのような華々しい戦果だけでいいのか、むしろ、今村均陸軍大将が構築したラバウルの基地というのをよく考えてほしい。このラバウルという所はニューブリテン島の東の北端に位置して、いわゆるラバウル小唄とかラバウル航空隊の歌や話がありますけれども、このラバウルというものは、昭和17年に今村大将が着任して以来、自給自足体制をしている。
地下に構築した最強の要塞を作って、一番大きな問題は自給自足体制をしたということ。つまり、内地からの補給は兵站が全く途絶えたことを前提として、自給自足体制をした。ラバウルには9万8千人の皇軍将兵がいた訳です。この9万8千人の皇軍将兵が地上戦で戦うとしたらものすごく大きな犠牲が出るはずなんですがマッカーサーはラバウルの回避作戦を取った。つまり、ラバウルを回避して攻撃をやめてしまった。なぜならば、食料の自給体制で地下に要塞を構築している。
こんなところに攻め上がったならば9万8千人以上いた沖縄戦にしたって、硫黄島の決戦だって、おなじかそれ以上の犠牲をしいることになる。それでは大変だということでラバウルは攻めなかった。


つまり食料自給し完全にそういう防御をとったという地域は攻められない、本来ならば防衛とは何かと言うと、戦うことが本来ではなくて、攻められない、つまり戦おう、攻めようとする国が戦えない、あるいは戦ったら大変な被害が自国軍に生ずるということを思い知らせて、戦えないように攻めてこさせないようにすること、それが本来の防衛なのです。


だから見事にラバウルの地で本来の皇土を超え、聖戦完遂、国体護持を図ったのがまさにラバウル基地、今村均大将なんです。
つまり、6月8日の御前会議の国策決定を真の意味で守ったのは今村大将のラバウル基地で、9万8千人の将兵は武装解除してアメリカが入ってきたけれども、ポツダム宣言を受諾して公布文書を調印するまで一度もアメリカ軍の凌辱を受けていない。そして、無傷で9万8千人の将兵は帰国している訳です。もちろん病死とかもちろんいろんな個別戦闘におる戦士者はいますけれど、こういう地味な戦いはほとんど戦史では語られない。
硫黄島とか沖縄は語られるけれどもこんな地味なことはほとんど語られない。日本人は華々しく散っていくことを評価するのだけれども、地味に生き続けるということを本当に評価しなければ国防というものは考えることはできないんです。


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