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占領憲法「ペタン憲法」の行く末

占領憲法が無効であることは、これまで指摘してきたように帝国憲法第75条違反を始めとする数々の理由から明らかである。しかし、そもそも国際的にみて、占領期に制定された憲法がいつまでも使われ続けることは常識なのだろうか。答えは否である。例えば、第2次大戦中にドイツとの休戦協定により樹立され、ユダヤ人弾圧にも協力したフランスのヴィシー政権で制定された憲法が良い例である。ヴィシー政権は中立国を標榜するものの、実質的にはドイツの影響を免れることはできず、ドイツ軍への協力を拒めない状況にあった。そして、その折に、新憲法の制定が行われたのである。ナチス・ドイツの影響により制定された憲法であることは明らかであった。これにより、国家のスローガンも「自由・平等・博愛」から「労働・家族・祖国」という非フランス的なものに変えられた。明らかに、国柄が変えられてしまったと言えよう。だが、フランスはドイツの敗北後この憲法を許さなかった。以下、南出先生の新著『とこしへのみよ』から引用させていただいた。


≪国際法においても、ヘーグ条約によらずとも、外国軍隊の占領中の憲法改正は当然に禁止され、これを事後に否定した例もある。ナチスの占領終了とともに占領法規は破棄され、ベルギー、オーストリアは旧憲法を復活させ、フランスは新憲法を制定し、東欧のソ連傀儡政権の憲法もソ連崩壊とともに破棄されたのである。昭和十五年(1940+660)、フランスはナチス・ドイツの攻撃で敗れて降伏し、休戦協定を経て、パリを含むフランス北部と東部がドイツの占領下に置かれた。そして、ペタン元帥を首班とするナチス・ドイツの傀儡政権が南フランスのヴィシーに誕生し(ヴィシー政権)、七月十日にはペタンの授権独裁を容認する新憲法が制定された(ペタン憲法)。そのため、ナチス・ドイツの占領から解放されるとペタン憲法は破棄され、その後に制定された『フランス一九四六年憲法』第九十四条には、「本土の全部もしくは一部が外国軍隊によって占領されている場合は、いかなる改正手続も、着手され、または遂行されることはできない。」と規定されている。これは国際慣習法としても定着した国際系の法理として、明文規定がないとしても、我が国の法制(国内系)にも妥当する普遍の法理と考えられる。

 我が国の占領憲法は、このペタン憲法と同じである。米軍基地が容認され北方領土が侵奪されているなどの情況が継続している戦後体制は、未だにGHQの実質的占領下にあることと同じである。それゆえ、占領憲法とそれによる戦後体制を容認するこれまでの占領憲法政権は、ヴィシー政権と同じである。このフランスの歴史的教訓は、占領憲法と占領憲法政権を打倒することの正統性、正当性の根拠を示しているのである。≫

引用箇所:南出喜久治著 『とこしへのみよ』 (近日発売中)  

とこしへのみよ
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