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日韓併合

西洋文明の原点とされるギリシャ文明は、実のところ純粋な白人文化ではなく、アフリカに起源を有するという説、いわゆる「ブラック・アテネ」論争が近年西洋歴史学界を揺るがしている。これにより、西洋文明の原点に有色人種が関わることになり、白人中心主義、白人優位説の根拠は根底から揺らいできている。歴史の真実を追求すると必ず不都合な事実が浮かび上がるものである。このように、歴史を認識することは、単なる学術上の論争に留まる事は少なく、往々にして、政治問題や人種・民族意識の問題に発展することがある。だからと言って、歴史の真実を追求する姿勢を崩してはならず、どの国の国民も、真実を受け入れる勇気と度量と覚悟を持たなければならない。一方、アジアにおいては日韓両国の歴史認識に大きな溝が横たわっている事はよく知られている。韓国が我が国による併合を不法であると主張しているのである。そして、日本が悪徳の限りを尽くしたと世界に流布しようとしている。しかし、日本の韓国併合が不法であるか否かは次の論争の結果からも明らかなのではないだろうか。以下、南出先生の文章から引用させていただいた。

≪歴史の真実を自覚することこそが韓半島が属国病から解放されるための第一歩となるはずであるが、未だに現在も抜け切れていない。次に述べることは、その宿痾を端的に示す一例といえる。

それは、日韓併合が合法か不法かという歴史学界における「日韓併合合法不法論争」がなされた平成十三年十一月十六日、十七日の両日に亘り、アメリカのハーバード大学のアジアセンター主催で開催された国際学術会議のことについてである。

これは、この論争をめぐって岩波の『世界』誌上で日韓の学者がかつて争ったことがあったが決着がつかず、これまでハワイと東京で二回の討論会を開き、今回は日米韓のほか英独の学者も加えて結論を出すための総合学術会議だったのである。しかも、韓国政府傘下の国際交流財団の財政支援のもとに韓国の学者らの主導で準備されたものであった。韓国側は、この国際舞台で不法論を確定しようと企画してこの国際学術会議を開催し、それを謝罪と補償の要求の根拠とする政治的狙いがあった。そして、日米英韓の学者が集まって、これについての論争がなされた。この様子を報道したのは、同月二十七日付の産経新聞だけで、一般の目にはほとんど觸れなかったが、極めて重大な会議であった。

韓国側は、冒頭において、如何に我が国が不法に韓半島(大韓帝国)を併合したかということを主張したが、国際法の専門家でケンブリッジ大学のJ・クロフォード教授が強い合法の主張を行なった。古田博司の著作や産経新聞の記事などによると、クロフォード教授は、「そもそも当時の国際社会では、国際法は文明国相互の間にのみ適用される。この国際法を適用するまでの文明の成熟度を有さない国家には適用されない。言い換えるなら、文明国と非文明国の関係は、文明国相互においてと同様に国際法において規定されない。それ故、前者(文明国と非文明国の関係)においては後者(文明国相互の関係)で必要とされる手続きは必ずしも必要でない。極論すれば、文明国と非文明国との関係の一類型として登場する、植民地化する国と植民地化される国の最終段階では、必ず条約の形式を必要とするとさえ言えない。当時において重要だったのは、特定の文明国と非文明国の関係が、他の文明国にどのように受け止められていたか、である。単純化して言えば、植民地化において法が存在していたのは、その部分(他の文明国が受容したか否か)のみである。この意味において、韓国併合は、それが米英を初めとする列強に認められている。仮にどのような大きな手続き的瑕疵があり、非文明国の意志に反していたとしても、当時の国際法慣行からすれば無效とは言えない。」とし、「自分で生きていけない国について周辺の国が国際秩序の観点からその国を当時取り込むということは当時よくあったことであって、日韓併合条約は国際法上は不法なものではなかった。」と結論付けた。当然、韓国側はこれに猛反発し、自説を再度主張したが、同教授は、「強制されたから不法という議論は第一次大戦以降のもので、当時としては問題になるものではない。」と、一喝した。

韓国側は「条約に国王の署名がない」ことなどを理由に不法論を補強しようとしたが、日本側からも、併合条約に先立ち我が国が外交権を掌握し韓国を保護国にした日韓保護条約について、皇帝(国王)の日記など、韓国側資料の「日省録」や「承政院日記」などを分析し、高宗皇帝は条約に賛成し、批判的だった大臣たちの意見を却下していた事実を紹介して、この会議で注目された。そして、併合条約に国王の署名や批准がなかったことについても、国際法上必ずしも必要なものではないとする見解が英国の学者らから出されたという。
その会議に参加した学者によると、この結果、韓国側は悄然と肩を落として去って行ったという。かくして、韓国側の目論みは失敗に終わったが、この学術的にも政治的にも重大な会議の内容は、我が国ではほとんど報道されることがなかったのである。≫

引用 南出喜久治著 『かへるうぶすな』(好評発売中!!)
  
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