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真正護憲論 「講和条約説」⑤

占領憲法が講和条約として評価される具体的理由はいくつもある。9月20日のブログ記事では、主として占領憲法の成立過程を基に「講和条約説」の具体例を述べた。例えば、吉田茂が占領憲法の成立過程が「渉外的」であったと回想録で述べたこと、講和交渉の出先機関として「終戦連絡事務局」が存在したこと、「英文官報」が存在することなどを述べた。本日は、成立過程ではなく、占領憲法の内容から実質的にこれが講和条約であることの具体的理由を述べたい。

占領憲法の前文には「日本国民は…ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とある。我が国は、占領憲法の制定時も施行時もGHQの占領下にあった。従って、当然、日本国民にも主権はなかった。主権者は連合国最高司令官であったというのが適切である。このことから、占領憲法の前文は「主権の存する連合国最高司令官は…主権が将来において国民に移譲されることを宣言し、この憲法を確定する」というのが実質的には正しい。よって、占領憲法は主権の発動たる憲法とは言い難い。

さらに、桑港条約第19条には「日本国は、占領期間中に占領当局の指令に基づいてもしくはその結果として行われ、又は当時の日本国の法律によって許可されたすべての作為又は不作為の効力を承認し、連合国民をこの作為又は不作為から生ずる民事又は刑事の責任に問ういかなる行動もとらないものとする」と規定されているが、この「指令に基づいてもしくはその結果として行われた」ものの中に占領憲法が含まれることは間違いない。国際法において、「法律」とは「国内法規」を意味し、この中には当然占領憲法も含まれる。つまり、桑港条約と照らし合わせてみても、占領憲法はその「効力を承認」されることによって、講和条約と見なされる理由がある。

また、この桑港条約第19条には原型がある。国連憲章第107条である。ここには「この憲章のいかなる規定も、第二次世界戦争中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。」とある。これは、連合国が我が国になした占領憲法の強要を含む一切の行為を免責させ、その効力を維持させることを意味する「敵国条項」につながるものであり、桑港条約第19条によって再度承認させられたことになる。そして、我が国は国連に加盟したのであるから、占領憲法の改廃をしないことを誓約したに等しいことになる。このように連合国は国連憲章と桑港条約によってわが国に占領憲法の改廃を禁止する命令をなし、これを我が国は受諾した状況からして、占領憲法は独立国としての憲法の性質を有しておらず、実質的には連合国との講和条約であったと言える。

さらに、占領憲法の前文には「日本国民は国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」とあるが、これは誰に誓うのか。国民主権であれば、誓う上位の対象はいないはずである。よって、これは当時国民の上位に位置した連合国に対して「誓う」ことを意味する。これこそ、主権移譲を前提とする連合国を想定したことの根拠であり、このことから、占領憲法の実態は講和条約であると言える。また、占領憲法9条第2項には「国の交戦権は、これを認めない」とある。これは誰が認めないのか。紛れもなく、連合国である。つまり、「連合国は、我が国の交戦権を認めない」と言う意味であり、これぞ真に講和条件を意味していることになる。

このような例はまだある。占領憲法第98条である。この第1項には「この憲法は,国の最高法規であって,その条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない。」とある。一方、第2項には「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は,これを誠実に遵守することを必要とする。」とある。第1項は法律、命令、詔勅を入れているが、なぜか条約を外している。これは占領憲法に違反する法令のうち条約だけは効力を有するからである。一方、第2項には条約を「誠実に遵守する」とある。これは、連合国が我が国に対して講和条約としての占領憲法の遵守を義務付けたことを表している。

南出喜久治著 『占領憲法の正體』163頁から168頁参照。
  
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