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株価の上下や円高など現在の貨幣経済への疑問

昨年冬の國體護持塾 みすまる での 南出喜久治先生のお話をUPしています。
本日のお話は現在の貨幣経済の問題点についてのお話です。私たちの生活にあまり関連のないような所で発生した事柄が円高、株価の上下などによって、私たちの生活に影響を及ぼす現在の構造の不思議さと現物貨幣の価値についてのお話です。


ドイツで面白い話があるんだけど、兄弟がおって、兄貴は節約家、倹約家で、一生懸命貯金してたわけ。弟は飲んだくれで、給料を使い果たして全部飲んだ。そのかわり趣味で自分の酒の酒瓶をためていた。そして、第一次世界大戦が終わって、ハイパーインフレなって、物不足や。そうしたら、給料を一生懸命兄貴は貯めてたけど、預金も凍結されるし預金の金額も激減して貧乏になったわけ。ところが弟は空瓶、酒瓶いっぱい持ってたわけ。その瓶の再生ができる、紙幣を持ってるわけ。
紙、お札とか貨幣は変動するけれど、実態、現物を持っていると飛ぶように売れるわけ。ものすごく大金持ちになる。それと同じで結局お金というのはこれで物が買えるという信頼感があるからお金を稼ぐんでしょ。食べても美味しくないし。例えば、円、通貨の信用がもし落ちたら、その通貨持ってても仕方がない訳でしょ。
お金を持ってるというのは将来それが交換できるという未来を買うだけで、現実にお金があるわけじゃないわけ、物があるわけではない。だからお金を持てても餓死することもある、例えば、米を備蓄をした人だけは飢え死しないけれどもお金を持ってて米も備蓄しないで、米は米屋さんに行ったらいつでも買えると思ってる人が、ある日突然ハイパーインフレなって、預金凍結されてしまったら明日から飢え死にする訳じゃないですか。
だからいかに物が大事かということ。物が安定的に供給できてるという事が本来の富みであるという認識に変えていかないと、経済学の起点ってここにあるのよ。
経済学は少なくとも命を繋ぐあの物ね。現実に物をたくさん持ってるという人、要するに金持ちというより、物持ち、それが富んだ人であって、貧しい人は現物を持ってない人。そういう起点から経済学をもう一度、見直さないとね。今の経済学で通貨もそうなんだけど、全部、金融商品でしょ。株券とか、手形小切手の類から金融派生商品、デリバティブにしたってみんな未来を買うじゃないですか、それを交換したらお金に将来替わって、それを得られる。
ところがある日突然信頼が切られて、交換ができなくなると、紙くず同然なるわけでしょ。潰れた会社の株券が紙くず同然になるのはまさにこの話で、株を自分の財産としていくら残しても会社が潰れたら終わりの話やじゃないですか。
人間で豊かである、富んでる、生活の安心感があるというので一番なのは、生活の必需品を自分なりに現実に確保することね。
現実に確保して、備蓄すること。だから米屋さんからお米買うんじゃなくって、自分自身が米を作る、あるいは自分自身が作らなくても、米を蓄えておく。私のとこは1年分備蓄がありますいう人のほうが、安定して、半年の備蓄しかない人よりも倍ほど豊かだというものさしが必要なんだと思う。
それを今通貨に信用があるから預金をしてる人はその半分しかない人よりも富んでると思うんだけど、通貨は変動するわけでしょ。ましてや、これは博打でしょ。為替相場なんて、円、ドルとか国際通貨は本来、固定相場であるべきものが変動相場というのは、通貨も商品として売り買いするわけや、なんの関係も無しに変動が起るわけです。
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